ふたりとひとり
ゾサ

    


「ただいまー」

少しだけ、たてつけの悪い引き戸を後ろ手に閉めながら、ナミは部屋の奥にいるであろう同居人に聞かせるでもなく呟いた。どうせ寝汚いあの男のことだ、起きてるなんてこと最初から期待してなかった。そこでナミは異変に気付く。同居人の他に誰かがこの家に来ているらしい。そんなことはとても珍しいことだった。ナミもゾロも別に決まりを作っていた訳ではないけれど、何故だか他人をこの家にあげるなんてことはめったにしなかったのだ。履き潰されたいつものゾロの靴の横に、なかなかセンスの良い初めてお目に掛かる靴がきちんと揃えられていた。

(ゾロの知り合いかしら?)

ギシギシと、古さで軋む廊下を進んでいく。友人が来ているとは思えない静かさに眉を顰めながら、ナミは縁側のある和室を覗いてみた。同居人はいた。驚いたことにちゃんと起きている。それだけじゃない、見たことない金髪の男もいた。畳の上に寝っころがって頬杖をつくゾロの横で、長い脚を窮屈そうに折り曲げ、小さくなって眠っている。

これが3人の始まりだった。

「どうしたのこの子。」

眠る金髪の男を起こさないよう気を付けながら、ナミは静かに近づいて行って、つま先でゾロを小突いた。その時のナミの瞳には、何故か二人がただの友人同士には見えなかったのだ。だからしょっぱなから聞きたいことだけ直球で聞いた。まどろっこしいのは好きじゃないのだ。

「拾った。」
「名前は?」
「サンジ。」

もう一度、まじまじと「サンジ」と呼ばれた青年を見下ろす。部屋に差し込む夕日がサンジの髪の毛に落ちて、なんとなくその金色に赤みがさしているように見えた。白い肌。金色の睫毛が頬に影を落としている。綺麗だ、けど、どこか作り物めいているように感じてしまう。薄く開いた唇は規則的な呼吸を繰り返している。

「キレイな子ね。眉毛変だけど。」
「な。」
「あんたこの子どうする気?」
「ここに置く。」

そう答えて、ゾロの手がサンジの白いうなじを撫でる。無骨で大きなその手が、あまりにも優しくサンジを撫でるものだから、そこでナミはなんとなく二人の関係がわかった気がした。少なくとも、ゾロがサンジに持っているであろう気持ちは。これが世間で言う女の勘っていうやつなのかもしれない。からかう様に笑いながら言ってやる。

「だらしない顔!」
「ほっとけ!」
「意外だわ、あんたにちゃんとそういう感情があったなんて。」
「文句あんのか。」
「ううん、安心した。」

素直にそう言ってやればやり辛そうにゾロは言葉を濁した。文句ありげな瞳でこちらを睨む。それよりこの子の部屋どうするの、そんなことお構いなしにそう問えば、奥の部屋空いてんだろ、と小さくゾロは呟いた。

「あんな狭い部屋?」

問題ない、とゾロは溜息を吐くように言った。どうせ部屋作ったっていねぇんだ、こいつはそういうやつだから。

「今日から三人暮らしだな。」
「そうね、なかなか素敵じゃない。」
「違いねぇ。」

無邪気に笑うゾロは、サンジの夕日に透けてキラキラ光る金色の髪に鼻を埋めながら、大切そうに彼を引き寄せる。目を閉じて、それからそのまま、ぱたりと、電池が切れたように動かなくなった。眠気に襲われながらも、報告のためか、律儀にナミの帰りを待っていたらしい。そんな小さなことがナミの心をくすぐる。

「あー、綺麗な夕日。」

ひとり、誰に聞かせるでもなくナミは呟いた。それから二人をチラリと盗み見て、今日初めて会った、どこの誰かもわからないサンジの背にすり寄りながら寝ころんだ。シャツごしに、温く人の体温が伝わってくる。香水の匂いとはまた違う甘い匂いがした。心地よい光と温度にまどろみながら、サンジについて、ナミは考える。

ゾロがこんなにも大切そうに触れる人間ならばなんの問題もないだろうと。

(きっと私たち、うまくやれるわ。)

何の根拠もない、だけど限りなく確信に近い想いを抱きながら、ナミも静かに目を閉じた。


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