初めて目を見て話したのは学校の中庭を横切る渡り廊下だった。

大抵どこの学校の渡り廊下にも屋根はついているもので、ゾロの高校も例外ではない。

その日はよく晴れた日だった。夏を思わせるような、暑いけれどまだなんとなく春の風の爽やかさが残っている、そんな春の終わり頃のことだ。

ゾロは用もないのに中庭に居座って、あわよくばこのまま睡魔に身を任せてしまおうと目論んでいた。当然授業は放棄。申し訳程度に置かれたベンチは錆だらけだが日当たりは良好だし、座り心地は良いとは言えないが、意外にも校舎から死角になって教師にはバレにくい。
バレにくさで言えば屋上で寝るに越したことはないが、今からせっせと階段を上るくらいなら、教師に見つかるまでここで昼寝したい気分だった。

ごろりと横になり、眼を閉じようとしたその時。不意に遠くから声をかけられた。

「ロロノア。」

聞き覚えのある声だった。この音をいつも機械を通して聞いている気がする。朝会とか、式典とか、そんなところで。自分が呼ばれたことよりも、声の主が誰なのかが気になって、ゾロは起き上がりながら辺りを見回した。

どうやら渡り廊下の真ん中らへんに立っている、男子生徒に呼ばれたらしかった。その生徒には見覚えがあった。

生徒会長だ。

いくら周囲のことにめっぽう疎いゾロでも生徒会長のことは知っていた。あの金髪に青い瞳を見て、覚えられないやつはまずいないだろう。学内ではその恵まれたルックスが話題になっているらしかったが、ちゃんと生徒会長としても優秀な人間のようだ。そちらの方の学内評価も高いらしい。正直ゾロはどちらかと言うと巻かれた眉毛の方が気になったが。


そして表情にこそ出しはしないが、内心ゾロはかなり驚いていた。それは当然、寝始めようとした、ものの一分も経たないうちに見つけられたことに対してではなくて、単純に生徒会長であるあの男子生徒と面識がなかったからだ。

(名前…知ってんのか…?)

呼ばれて行ってやる義理もないが、今まさに授業をさぼろうとしていた身で、しかも生徒会長に呼ばれたとなると流石のゾロでも無視はできない。
渋々といった風に、のそのそベンチから降りて、ゆっくり生徒会長へと歩み寄る。

「何だ。」

会話するに困らない程度に、ちょうど良い距離を保ったまま聞いた。しかし生徒会長はもっと距離を縮めたいのか、おいでおいでをしながら、まだゾロに近づいてくるよう催促してくる。
日に透けるような白い指と、切りそろえられた健康的でピンク色の爪がなんとなく視界に入ってくる。綺麗な手だがきちんと男の手だった。

その時、遠くから不意に生徒達のざわめきが聞こえた。校舎の向こう側の校庭から聞こえてくる。ワ―ッとか、キャーとか、雨だ―、とか。

(雨…?)

聞き取れたフレーズに首を傾げかけたとこだった。不意に右手首に冷たい、ヒヤっとした感覚を受けて、ゾロは少し面食らう。生徒会長がゾロの手首を掴んでそのまま軽く渡り廊下の屋根の下へと引き込んだのだ。引き込まれた瞬間、バラバラと雨が屋根を叩く音が聞こえた。ハッとして空を見る。通り雨だ。雲一つない青空から降る大粒の雨は、眩しくて、どこか不釣り合いで、少し不気味に感じられる。

「濡れると思って、」

にこり、と作り物めいた雰囲気で生徒会長は微笑んだ。うすい唇が綺麗に弧を描いて、濡れなくて良かったと、独り言のように呟きながら、確認するみたいにゾロの肩に触れた。

瞬間、体の中で何かが粟立つような感覚に襲われる。口の中が渇いて、上手く喋れないことにゾロは狼狽した。なんなんだコイツ、苛立ちを隠すことが出来ずに小さく舌打ちが漏れてしまった。

「あ、悪い。」

仮にも親切心から声をかけてくれた相手に対する態度としてはヒドいと思ったので素直にゾロは謝った。不快感はないのに、何故か胸騒ぎのようなものを感じて落ち着かない。

生徒会長は別段気にした風もない。ゾロにこういう態度(本人に悪気はないのだが)をとられて怯える生徒――教師も例外ではないが――は多いのだが、平気そうに案外意志の強そうな瞳でゾロを見つめてくる。学校のトップに立つくらいだ、そんなもんだろうかと、ぼんやり思った。

「いや、気にしてない。それより…」
「…?」

一瞬だが生徒会長の顔が何か言いたそうに曇った。しかし次の瞬間にはあの人当たりの良い顔で綺麗に微笑んでいた。気のせいだろうかと思い直す。

「邪魔して悪かった。戻っていいよ。」
「あ―…」

言いよどむゾロに、今までとは少し感じの違う、面白がっているような顔で生徒会長は笑って言った。初めてみた表情に柄にもなく戸惑ってしまう。

(そんな顔もすんのか)

「寝るんだったらもう一つ前のベンチがいいと思う、あそこは金木犀の木が邪魔して職員室から見えないから。」

てっきりなんらかの注意を受けると思っていたので、これは予想外の展開だ。まさか生徒会長から助言を頂けると思わなかった。黙って頷いて見せると、それじゃ、と一言言いおいて金髪は渡り廊下の向こうの第二校舎に消えた。

そのスラリとした後ろ姿を見送ってから小さくため息を吐く。なんだかいつもの自分ではないようで調子が狂ってしまう。こんな風に他人に翻弄されることなんてめったにない。そういう精神的なことは、剣道で培ってきたと思っていたが、まだまだ修行不足らしい。

助言通り手前のベンチに戻る。さっきの通り雨でびしょびしょに濡れたベンチを見て、ゾロは一人、顔をしかめた。


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