「昔の俺にそっくりなヤツがいる」
そう言ってカウンターの向こう側のゾロはご機嫌で笑った。
(オイオイ相変わらず馬鹿だな笑ってる場合かよ。)
それってつまりお前のこと斬りにくんだぜ、わかってます?ないですね?呆れたけれど敢えて何も言わずにグラスを磨き続ける。ゾロが酒の入ったグラスを静かに置いた。真っ直ぐに俺と向き合う。

「言いたいことはわからなくねえが、俺は
「何も言うことなんかねえよ」

ゾロが話し終わる前にわざと言葉を被せてやった。はたと目が合った、ヤツの喉がまたグビリと鳴る。酒ばっか飲むのは昔からで、ここまできたら最早俺から言うことは何もあるまい。銜えていた煙草をもみ消し、呑兵衛は放って置いて調理場に向かった。鍋からは白い湯気が細く立ち上ぼり、澄んだ青空から窓へ差し込むしなやかな朝日がそれを輝かせる。

全てが完璧な朝だ。

開店前の静かなホールからゾロの声が聞こえる。

「実は今日ソイツと戦ってくる」

俺は鍋の蓋を開けかけた手を止めた。しかしそれも一瞬だ。

「へーへーそれはようござんした」

蓋をあければ、炊きたてご飯特有の嫌味のない、どこか甘くて優しい匂いが俺を迎え入れてくれた。俺の顔は自然と綻んでしまう。

「そういう訳だから、戦る前はやっぱお前の飯じゃねえとな」
「どんな訳だよバカ」

カウンターに、炊き上がったばかりの米で作った握り飯を置いてやって、ついでに熱い味噌汁も。俺の愛するレストランにはどうにも似合わないジジくさい見栄えだが、今ばかりは良しとしよう。朝日に溶け込むみたいに湯気は立ち上り消えて、つやつやと光る米の美しさに俺はうっとりだ。完璧な朝に見合う完璧な朝食。俺が今できることはこれ以上も以下もない。

「よく噛んで食えよ」
「ガキか俺は」
「そんなもんだろ」

あとは何を話そう。
朝の風の流れ込む窓を背に、口一杯米を詰め込んだゾロがそれを咀嚼し飲み込む姿を眺めた。いつも通りの朝だ。しかしつい先程から今日が特別な朝になったことを知った。覚悟等、とっくの昔にできていた気もするし、一生できない気さえした。
…本音を言えば一瞬だけ迷ったのだが、やはり俺は俺らしくいつも通りゾロを送り出そうと決める。特別なこと等何も必要ない。だって俺はいつも通りちゃんと今日までコイツと生きてきて、ちゃんとコイツと幸福だった。これからもそれは変わるはずがないのだから、ならば俺は。

「よし、ゾロ」
うーん、と大きく伸びをしてから俺は椅子に掛けて置いたエプロンを着けた。渋るゾロを蹴りあげ酒を片付ける。

「お前帰ってきたら、店の花壇に花植えるの手伝えよ」
「花ァ?構わねえが。どういう風のふきまわしだ」
「別に大した意味なんてないさ。店にいらっしゃったレディ達が喜んでくれるだろ。それに俺も、ゆくゆくは菜園をやってみたい」

決まりな。言い捨てて俺は、カウンターをさっさと拭き上げて奥に箒をとりに引っ込んだ。開店時間はまだまだ先だが、今日は少し早めの開店ということにしよう。コイツを送り出す時は、この店のオーナーである俺でありたいのだ。ホールに戻ると、ゾロが食器を流しに出しているのが見えた。特別な朝だからといっても変わることなく、最後まできちんと俺の教えを守る横顔が愛しい。
ゾロが静かに外へ出たので俺も黙って後を追った。ドアのベルに見送られながら、これが最期の音かもしれないとなんとなく思う。ゾロは言った、俺にそっくりなやつがいると。ゾロがゾロを殺しにくるのだ。そういうことなのだ。

外の空気は冷たいのに日差しだけは暖かい。丘の下の方で、波が岩場に打ちつけられる音がする。まだ空っぽの花壇を見下ろすゾロは思わずといったように苦笑した。

「こりゃ苦労するな」
「まあな、だから真っ直ぐ帰ってすぐ手伝え。寄り道すんな、迷子もダメだ」

「迷わねえよ」ゾロはそれだけ言って、あとは何も言うことはなかった。俺たちには小さな約束だけして、でもそれにすらすがることなく生きていくのだ。

「コック、」
「おう」

「いってくる」
太陽みたいにゾロは笑った。
風に揺られたピアスが微かに鳴り響いた。目を閉じれば今も瞼の裏に甦るのは、ゾロの生きる意味を初めて知ったあの日。海はどこまでも広くて、俺たちはあんなにも小さく、空の青さに反するようにゾロの血は赤かった。身を焼くような衝撃は今もこの胸に宿り、色褪せないまま俺の心臓の一部になって体を駆け巡っている。

死ぬまで一緒だ。

「いってらっしゃい」

俺は笑顔で送り出す。
それがアイツを愛した俺で、愛された俺の正しい姿だと思うからだ。

(だからどうか)

俺は願う、切望する。遠ざかる背中が空と海と同化して消える前に!俺じゃない、けれど誰でもいいから誰か、ここにゾロを呼び戻してくれ。本当にそんなことされたら、俺はソイツを蹴り殺してしまうだろうから、これは戯れ言だが。ぶわりと記憶いっぱい甦った、その一瞬に見えたのは確かに麦わら帽を被った海賊旗だった。

泣き叫びたい俺の、心臓が痛い。





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