殺すよりも簡単な離別方法



サンジについて俺が知っていること。出席番号が遠いということ。俺のこと、そんなに嫌いではないということ。
サンジについて予想はできるけどまだ真実ではないこと。赤く腫れ上がった頬が誰かに殴られたものであること。

「今日学校ねえぞ」
「うるせーな知ってる」
学校もないのに今日もサンジは制服姿で、雪が降っているのに羽織っているのは学校指定のワイシャツだけで、それではまるでどっかから逃げて来たみたいだ。というか、休日嫌なことがあると、大抵サンジは学校に逃げ込むのだった。
「顔どうした」
「…シツケダヨ」
予想が真実になった瞬間。サンジについて知っていること、補足。サンジの家族はサンジがいない方が幸せだ。
「お前そういうのちゃんとしろよ」
「ちゃんとしろよ、て、なんだよ?」
「だから、」
「いいだろ、こんなの。いっかいくらい」
「そんなこと」
あるもんか、といいかけた時だった。「いいや、」別の声が遮る。教室には、サンジと俺が二人きり。つまり今の声はサンジのものだ。あまり聞いたことのない音で響いたので、一瞬誰だかわからなかった。
「ちがうな、いっかいじゃない」
「…わかってんのか」
「うん、次がある、というかこれが始まりだ」
「だろうな」
「俺超怖いよ、ゾロ」
そんな言葉はサンジにしてはとても珍しいもので、思わず緊張で体が強張る。だからか酷く気分が悪い。それでも俺は教卓の中に体育座りしてうずくまるサンジを上から覗き込むけれど、このまま「でてこいよ」といったって無駄なのはわかっているから、俺から迎えに行くしかないのだ。わざわざ回り込んで、チョークの粉の散らばる床の上を、立膝をしながらサンジと同じ目線のままで半分だけ侵入した。暗い小さな箱は狭くて、埃っぽくて、身動きがとれない。何も見えないものだと思ったけれど案外中は明るくなっていて、箱の奥で青い瞳と溶けた雪で濡れた金髪が鈍く光っていた。
「でてこいよ」
「デレマセン」
「どうしたらでてくる?」
「そうだな」

「壊したら」
「なにを」
「俺がいないのに、俺の、幸せな家庭」
「日本語変だな」
「俺外人だから。ほら、金髪」

これは都合が悪い時によく使うサンジの言い訳。濡れた髪を一房掴んで弄って見せた。落ちた雫が頬を流れて首を伝う。雫は一度鎖骨でとまって、そのうちシャツの下に消えた。そういうのを全部見送ってから、俺は立膝をやめて壁によっかかり、座り直す。サンジは俺を静かに待って、二人一緒に気を取り直し、さっきの続きをもう一度だけ。

「で、俺が?」
「お前が」
「お前と?」
「いやお前だけで」
「なんで」
「だって。俺そんなことしたくない」
「わがまますぎるぞ」
「うっぜ」
「…因みに何をする?」
「一家惨殺とか」
「ひどいな」
「アリャ?ウラギリモノ」
「ああ?」
「だって、言ったろさっき。もう忘れた?」
「こわしてやる!」
「は?なんの真似」
「ラルフ、CMやってんだろ最近」
「おまえって、時々へん」

呆れているようなふりをしてもわかってしまうくらいサンジは嬉しそうに笑う。それを見て俺も少しだけ安心できる。こうやって何度も繰り返し、ただの無力な中学生の俺達は毎日をやり過ごしてきた。でも、俺はそれをオシマイにしたい。

「けど、そろそろいい加減にしろよ」
「なにが」
「お前はあそこに戻れない。けど、俺はお前から離れない。」

立ち上がってズボンに着いたチョークの粉を叩き落とす。「この意味わかるな?」そう聞けば、教卓の中「とりあえずこっからだせよ」そういってサンジは俺の右足を蹴った。

 


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