ふしぎな答えを選ぶんだね



休日のショッピングモールの人込みの中、見知った顔を見つけて俺は立ち止まる。見知った、というには言葉の持つ意味合いとしては弱すぎるかもしれない。俺はどこにいていかなるときでも、その子の姿を探すようになっていたからだ。最早これは病気の一種でそれは俺がたった今新しい彼女とデート中にもかかわらず、その娘をほったらかしにして置いてくるほど重症なものらしい。
跳ねる息を整えて彼の後ろ姿を目指した。程よく筋肉のついた線の細い背中はいつも通り猫背ぎみで、それにもかかわらず、彼は独自の品のよさを纏うのだ。今日もそれは然り。例え蛇に睨まれた蛙のように、その場に凍りついて突っ立っていたとしても変わらない。彼の周りだけ切り取られたかのように音という音の全てが無くなってしまっていて、笑い声も話し声もスピーカーから流れる音楽も、何もかも消え失せている。逆に言えば彼自身がそれら全てを拒絶しているようでもあった。一体そうまでして何から目を離せないでいるというのか。俺よりも少しだけ低い目線に合わせ、その先を追っていけばその理由はすぐにわかってしまった。
しかしこんなに近くにいるというのに彼はまだ隣の俺には気づかない。仕方がないので名前を呼んだ。本当は呼ばなくても気づいて欲しいものなのだけれど。
「サンジ」

やっと弾かれたようにサンジは顔をこちらに向ける。「エース」とよく知った薄い唇がひっそり動くのを見た。声は出てこない。低くて甘いアルトが自分の名を呼ぶのを聞きたかったと残念に思いつつも、存外強い光で自分を真っ直ぐ見つめるブロンドの向こうの青色の瞳に安堵した。
「デートじゃなかったのか」
「うん、まあ置いてきちゃった。はは、ふられたよ多分」
「んだそれ早く戻れよ。レディが可哀想だ。」

なんなら俺が行く、そう軽口さえ叩くサンジの口角は気丈にも綺麗に弧を描いた。とても上手に笑って、周りが彼を慰めるための隙さえ与えてはくれないのだ。けれどそれをわかっていながら見過ごすには、俺はサンジに少し近づきすぎてしまっていた。
「楽しいデートなのはお前のはずだろサンちゃん、なに浮かない顔しちゃって?」
「当たり前だろ、相手がクソマリモ一体じゃあな。貴重な休み返上して仕方なく付き合ってやってんだよ何がデートだバァーカ」
「それは失礼シマシタ、なんか辛そうに見えたもんで。なんなら暇な王子さまがさらってっちゃおうかと思ってきたけどお邪魔でした?」
「うっせーよクソソバカス」
「つめてーなあ」
「でもまあ、」
「うん?」
「正直今声かけてくれて助かった」

視線の先にはゾロがいる。小さな子供とその母親であろう若い女性と何やら話し込んでいた。子供のほうが一方的にゾロを気に入ってしまったらしくしがみついて離れないようだ。流石のゾロも小さな子供を邪険には扱えないのか、なかなか抜け出せないでいる。からかうように指を指した。
「あれどうしたの」
「迷子が迷子にくっついて、なるようになった結果。奇跡だろ?」
そう語るサンジはどこか自慢気で、一方では呆れているようでもあった。一見すれば、休日の幸せな家族にも見えるゾロを囲む光景は、本来なら微笑ましい限りなのだろう。しかし隣の男の気持ちを慮るとそうもいかない。

サンジはゾロが好きなのだ。勿論、恋愛感情で。

「俺今あいつの明るい未来を呪っちゃったよ」
最低だよなあ、と誰にも言えない秘密を吐露するようにサンジは呟く。その表情は普段の彼には珍しく無表情だ。言うつもりはなかったのに思わず言ってしまったとでも言いたげな、切迫した声音にきしり、胸が痛んだ。それが彼への同情なのか、はたまた嫉妬なのか、もう俺にはわからない。その細めた視界の先にうつるのは、子供にすがられる今も、ゾロの両手を塞ぐ二つの紙コップだろう。どちらか片方がサンジのために買ってきたカプチーノで、もう片方はブラックコーヒー。2人がお互いに買い与えている姿を自分は何度も見てきている。
「最初はあれだけで充分だったのにな」
いつのまにか欲張りになってきたとぼやくサンジの顔は不自然に強ばっている。
「笑えてないよ」
「わかってるよ」
「そんなに苦しいなら見なきゃいいのに」
(どうしてそんな、眩しそうに)
こうやって、何度となく傷つくサンジを気遣いながら、自分自身そんな彼を見て傷ついていることを想い知らされるのだ。それが必ずしも一般的な幸福と違えど、君に俺との未来を案じてもらえるならば、それはどんなにか幸福なことだろう。
「サンちゃんは知ってる?」
「何をだよ?」
「誰かがこうしてあげれば、見たくないものは見なくてすむんだよ」
実らない想いを秘めたままの俺はそう言って彼の右目を掌で覆う。いらねえよ、とサンジは寂しそうに笑って俺の手をとった。





戻る


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -