おそろいの言葉を




「でも恋心なんて3年もすりゃ変わるもんっしょ?仮に今、誰かのことが好きで好きでしょうがなくても、卒業して3年も会わずにいりゃ、あん時は若かったなって笑ってると思うよ。真ちゃんも、そー思うっしょ?」そう俺が聞くと緑間はいつもの調子で「そういうものか」としか言わなかった。いつにもまして興味がなさそうで、俺は安堵だか悲しんだかよくわからない気持ちで、それでも得意の愛想笑いをフルに発揮して「そういうもんよ」とだけ言った。緑間の前で愛想笑いをするのはそれが最初で最後だった。それくらい悟られまいと必死だったのだ。何を?決まってる、俺の嘘をだ。恋心が3年で消える?んなのわかんねーだろ人それぞれだ。てきとーに口から出た嘘っぱちだ。むしろ俺が真ちゃんを諦め切れる自信が皆無だったから、自分自身を牽制するためにいったよーなもんだ。真ちゃんが好きだ、昔も、今も。3年経ったけど、3年間一度も会わなかったけど、それでもまだ俺は緑間真太郎が好きなんだ。でもさすがに3年も音沙汰なしだと現実がどんなものかなんて嫌でもわかる。俺がいなくても真ちゃんは生きていけるし、多分今頃可愛い彼女つくってて、そのうち結婚なんかして、でもって真ちゃんにそっくりな子どもができて幸せな家庭を築くのだ。結婚式のスピーチくらいは呼んで欲しい。「いやーまさか真ちゃんに先こされるとは思ってなかったっすわ」って言ってそのあと昔話して盛り上がって、んで一人で家帰って泣きながらこの気持ちに終止符を打ちたい。そう思ってたのに。

「遅いのだよ」

耳に馴染み過ぎた、3年ぶりに聞くその声は何も変わっちゃいなかった。3年ってこんなもんかと俺は思う。3年のブランクをものともせず緑間真太郎はあの頃と同じふてぶてしさで(でも可愛い)文句を並べ始めていた。もの凄い勢いだ。隣に置いてあるミキサーは言わずもがな今日のおは朝、蟹座のラッキーアイテム。真ちゃんの話を要約すると、俺のマンションのドアの前でその高身長ではいささか辛いのではないかと思うくらい小さくなりながら、かれこれ2時間俺を待っていたそうだ。そういえば真ちゃん、練習のときとかも、ふとした瞬間に体育座りとかしててマジ天使だったよなあ…と俺は可笑しなところに感激し始める。

「聞いているのか高尾!」
「うぇえ!はい!」
「まったく、だからお前は駄目なのだよ!」

さらなるお説教タイムに突入しそうになったので、さすがにいったん俺の話も聞いて貰うことにした。真ちゃんの声を遮って俺は勇気を振り絞る。

「だいだい俺がなん…
「いやでもさー、真ちゃん来るなら連絡ぐらいしてくりゃいいのに。したら俺…」
「は?愚問なのだよ、連絡すればお前は俺から逃げるくせに」

当然のことのように緑間は言う。そしてそれは図星だった。まったくこいつは相変わらずで、言葉を選ぶとか濁すとか、そういう遠慮がまったくない。でもそこは俺だって、一番多感な3年間を相棒として勤め上げたプライドがある。ましてやこんなコイツの気まぐれドッキリで、俺の苦悩の3年間をなかったことにしてもらっちゃ困るのだ。

「イヤイヤ逃げるってさ〜、んなわけねーじゃん!なんで俺がわざわざ逢いに来てくれた愛しの相棒ちゃんから逃げんだよ!真ちゃん相変わらず不思議ちゃんな」
「な!誰が不思議ちゃんだ!いいから俺の話を聞け高尾!」
「聞いてるって!とりあえず立った立った!久しぶりだしさ、飲みにいこーぜ俺いい店知って…
「高尾!!」

緑間が声を荒げる。その苦しげに歪められた顔が哀しくて懐かしくて辛くて、こんなこと言うのは最低だけど嬉しかった。また緑間と向き合える自分がいるのが嬉しくてしょうがなかった。なあ、なんでそんな顔すんの?もしかしてお前も俺と同じだった?そう聞いてしまいたくなる、そんなことしたら俺たちの3年間が無駄になってしまうのに。

「もとはと言えばお前が!恋心が3年だのなんだのくだらないこと言うから!」
「は?」
「だから俺は3年我慢して!…やっと3年経ったから…!会いに来てやったのに!おっ…おまえは!嬉しくないのか!!…3年も俺に会えなかったのに…!俺ばっかり馬鹿みたいなのだよ腹立つのだよ死ぬのだよ高尾死ね」
「ちょっ、ちょっと待て緑間タンマタンマ」
「うるさい死ね高尾こっち来たら殺すのだよ!」
「おまっ…物騒だなオイ」

長さをフル活用して殺人キックを繰り出す真ちゃんの足を器用に避けて俺は距離をつめる。いや正直2,3発もろに腹に入ったのだがそんなこと言ってる場合じゃない。

「ちょっと待って痛てっ、痛え!蹴んな真ちゃん!いっ…緑間!抱きしめていい?」

我ながら間抜けなタイミングだな、とは思う。一応聞きはしたが返事は待たずに3年ぶりに彼を抱きしめた。と言ってもこんな風に真正面から抱きしめたことはない。いつも背中からとか、飛びついたりとかそんなんばっかだったのだ。本当の気持ちを言う勇気なんてなかったが、いつでも俺は彼に触れたくてしょうがなかった。情けなさが身に染みる。しばらく暴れた緑間だったが最後の一蹴りを俺の腹ど真ん中に決めてから、それ以降すっかり大人しくなった。

「…真ちゃん知ってる?俺らこうやって抱き合うの初めてなんだよ」
「…気持ち悪い言い方するな。…そんなこと知ってる」
「…でも俺高校んときからずっとこうしたかった」
「……」
「…キスとかしたかったし」
「……そうか」
「…うん」

スリ、と緑間の柔らかい髪が俺の頬を撫でる。あの頃とは違うシャンプーの匂いがした。白くて長い綺麗な、俺の愛する左手の指にはもうテーピングは巻かれていない。小さな変化に、俺の知らない彼を見て胸が痛む。少しだけ髪が伸びて、少しだけ大人っぽくなった緑間は、でもやっぱりあの時と変わらず綺麗だ。俺の肩に顔を埋める顔は見えないし、何を想っているのかもわからない。だけどコイツも俺と同じように、俺の小さな変化に少しだけ胸を痛めて、変わらない俺を見つけて安堵してくれてればいいのにと思った。

「会いたかったよ」
「……知ってる」
「うっそだあ」
「……」
「痛い痛いつねんなよ!」
「…フン」
「俺ずっと真ちゃんのこと好きなんだ」
「……そうか」
「真ちゃんも?」
「……ああ」
「そっかあ」
「今頃気づくお前は馬鹿なのだよバカ尾」
「ひでっ…なあ俺真ちゃんのこと幸せにできっかな」
「知るか」

突き放すような言い方なのになぜか彼の言葉は優しく俺に響く。昔からそうだった。思い出してしまったらもう戻れなくなってしまう。俺たちの空白の3年間が、あまりにも脆くて俺は笑った。むしろどうして真ちゃんがいないのに、俺は今まで生きてこれたんだろうと、不思議に思う。遠慮がちに背中に回された両手が愛しくてしょうがなかった。







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