満ち足りた世界のひみつ


のぼりつめてのぼりつめて極めた先にあるものが何かを知ってしまった。知ってしまってからはあっけないもので色鮮やかに艶やかに俺を魅了してやまなかったものその何もかもが色あせて見えてそれから俺はああああああああ。

「ああああああああああああ。」

「っ…うっさいのだよ!!」

ダアン、と顔面ギリギリの壁際にボールが打ちつけられる。仕方なしに目を開ければ視界の隅に緑の男。(よりにもよって緑間)不機嫌が具現化されたようなそいつと俺の組み合わせはいつまでたってもどこかギクシャクしている。体育館には俺達二人だけ。あと10分もすれば黄瀬がやってくる時間だ。アイツは俺を探すのだろうが、だからこそその前に俺は姿を消すことにしていた。最近の話だ。

小さな舌打ちをかみ殺して大きく欠伸をし、のそのそと起き上れば心底嫌そうにヤツは顔を歪めた。

「奇声を上げるな青峰、目的もなくゴロゴロ転がるだけならばせめて静かにしろ」
「あーうーぜー、しゃーねーだろ、出ちゃったもんは」
「よくないのだよ!お前のそういうところが気にくわんのだ!」
「っせえな。お前ホントうるせーよ」

ため息を吐いて肩を回す。次いでこめかみを強く揉んだが、纏わりつく鈍い痛みが消えない。そのことにジリジリと胸の底が痛んだ。焦燥のようなものに似ている、がこの痛みが消えてしまえば今度こそ自分の中の何かが消えるのだと、そういう確信めいた強い思いがあった。痛みがあるだけまだましだと、そう安堵することを繰り返している。

「お前のせいで寝起き最悪だろが」
「どうせ寝てなどいないくせよく言う」
「あん?」

おふざけのつもりで言った言葉だ。大して意味はなかった。それなのに生真面目なこの男は言葉の中に本人でさえも意識していなかった価値を見出してしまう。どうせならいつも通りの唯我独尊を押し通してくれればよっぽどやりやすいのだが、なぜだかここぞというときに自分の異変に気づいてしまうのが緑間真太郎だった。本当につかめない男である。

「眠れていないのだろう」

一度だけボールをついた手をとめて緑間が振り返る。ビー玉みたいな瞳。懐かしさのような、でも早く忘れてしまいたいような、そんな変な気分になった。だからコイツの目は苦手だ、いや最早コイツが苦手だ。

「…お前ばかだろ?どー見たって十分睡眠とってんだろが」
「…フン、そうやっていつまでも強がっているからお前はダメなのだよ青峰」
「てめーが言えたことじゃねーよ」
「いつ俺が強がった、適当なこと言うな馬鹿が」
「あーやめだやめ、お前との会話すげーダリィ」

強引に会話を捩じ切って再び寝転ぶ。正直なところ図星だった。最近眠れていない。それがなぜなのか、なぜ俺はそれを隠すのか、そんなことはとっくにわかっている。多分コイツも。わかっていて、これ以上緑間は踏み込んでは来ない。黄瀬とかテツとか、あっちのやつらとは違うのだ。好い意味で緑間は薄情で、黄瀬とテツは俺に対して盲目だから。アイツらが認めたころには多分俺は手遅れで、相変わらず緑間は前しか見ていないのだろう。そういう確信があった。そしてそれは多分間違っていない。
逆さになった視界の中で憎らしいほど真摯にゴールに向き合う背中を眺めた。鈍い痛みは未だ自分を苦しめるから。

救われたくて手を伸ばす。目の前の男が文句は言えど、決して差し出した手を叩くような真似をしないことをよく知っている。

「さっさとシュート撃てよ緑間ァ」
「言われなくてもそうする」

爪先から指先まで、完璧なフォームで放られたボールは宙高く伸びあがる。綺麗な弧を描きながら、そこに納まることが当然のごとくリングを通過した。最近めっきり疎遠になっていた胸の高鳴りに飲み込まれて、それが嬉しい半面、煩わしい。このシュートをまだ美しいと思える自分がいることが嬉しい。けれど未来の自分はこのシュートさえ虚ろな視界でとらえるようになるだろう。もしかして、明日目が覚めたら、この熱情も消えているかもしれない。それとも消えずに残って、俺はまた安堵するのか。

静かに緑間は振り向いた。一瞬だけ強張った顔が何を意味するのか、今の俺にはわからない。案の定、ヤツは俺に向かって手を伸ばす。しかし俺達は救われない。なぜなら俺が、この男の手を取ることは一生ないのだから。

「届かねーよバァカ」

口の中だけでひっそりと嗤いながら、体育館をあとにした。




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