針千本呑みましょ


「大ちゃん、みどりんのことまた怒らせたでしょ」
部活の帰り道、少しだけ前を歩く後姿に話しかける。わたしの声が聞こえてないみたいに大ちゃんはぶらぶら、だらしなく歩き続けた。ほとんど意味をなさない、ぺしゃんこに潰れた鞄が一緒になって背中で揺れている。だらしないなあ、ほんと。テツ君とは大違い。脳内に浮かび上がるのは肩から几帳面に鞄をさげた、常備片手に本を持つ大好きな人の姿だ。ほとんど無意識に心の中にあらわれた彼にわたしはときめく。
「テツのこと考えてんな」
「やだ!なんでわかるの?」
「顔がやべー」
「…大ちゃんってほんとさいてーだよね。だからみどりんも怒るんだよ」
「アイツのあれはもっとちげーもんだろ!!」
「あれって何よ、意味わかんない」

ワザととぼけたけれど、大ちゃんもそれ以上何も言ってこなかった。ここで引き下がるなんて珍しい。これはわたしの女の勘だが、多分この先に繋がるであろう話題をおバカな大ちゃんは本能的に避けているのだ。
「今日の昼休み、体育館の渡り廊下にみどりんと一緒にいたんだってね?」
「…偶然だろが」
「青峰の馬鹿はほんとに使えないヤツなのだよ猫の一匹さえ追い払えないのだからとんだ期待はずれだおかげで昼休みまるまる猫が消えるまでヤツと一緒に過ごすことになったまったく散々なのだよ…ってこれみどりんの言葉そのままね」
「緑間うぜー」
大ちゃんはまだこっちを見ない。わたしは笑いをこらえるために、必死で平静を装う。
「でも嘘はよくないよ」
「あ?」
「中庭に猫なんて一匹もいなかったじゃない」

大ちゃんは不意に立ち止まる。やっとこちらを見た彼の顔が、まずいことになった、という焦りの顔から一番知られたくないやつに知られた、というぶっちょう面に変わっていく。その過程をじっくりたっぷり見送りながら、わたし大ちゃんのそういうとこ、ほんと可愛いと思うよと心の中だけで笑った。ポケットに手を突っ込んだまま、じっとわたしを見下ろして硬直する体がほんとに可笑しい。それから大ちゃんは悔し紛れみたいな一言をやっと絞り出す。

「オマエその笑顔すげーブスだからな」
「それは誰と比べてかしら?」

わたしは最後の意地悪を言って、それから我慢した分思いっきり笑ってやった。
(でもね、言ってあげないけど昼休みまるまる一緒に過ごす必要もないと思うの。それってつまり、みどりんも大概素直じゃないよね)






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