▼ 羽風薫
「おーい、転校生ちゃーん」
今日、夢ノ咲学院を卒業される先輩方にお祝いの言葉を贈っている矢先、その人物は真新しい卒業証書の入った筒を掲げながらこちらへと手を振って来る。
「羽風先輩、もう今日で卒業だというのにまだ私を名前で呼んでくれないんですね」
「あー、ごめんごめん。ところでなまえちゃんは俺にお祝いの言葉はくれないの?
何なら頬にキス付きなら嬉しいんだけどなぁ〜」
そう、へらへらと顔を緩める彼は私の想い人だ。
返礼祭以降、先輩の激しかった女癖はめっきり収まった。
今となっては、日々日常的に流れて来ていた噂も聞こえてこない。
それが何を意味しているのかはよくは分からない。けれど
「薫くんが遊ぶのをやめたのは嬢ちゃんの為でもあるんじゃよ」
と朔間先輩が言っていた事が胸に引っ掛かる。
…私が、一方的に先輩を想ってる訳じゃないのかな。
私が意思表示をしていないのもあるが、なおもへらへらとみっともなく笑みを浮かべる鈍い先輩に小さな腹立たしさを覚えた。
不意に目の前で頬を緩める先輩の襟元を掴み、こちらへと引き寄せた。
半ばつま先立ちになりつつも先輩の綺麗な肌へと唇を押し当てた後、微かな吐息を混ぜる。
「…卒業、おめでとうございます。薫先輩」
小さな微笑を浮かべ、他と同じ様に言葉を並べた。
「‥え、あっ…。今、名前…ってか口が、…っ」
徐々に染まっていく、サーフィンのせいか少し焼けた先輩の肌。
呂律が上手く回らず、ごもる口元。
ひどく初心なその態度と表情に私の頬も一気に熱を帯びた。
「…じゃ、失礼します。まだお祝いの言葉を言えてない先輩が居ますので」
そう告げて足早にその場を後にしようと背を向けるが、体は後ろへと傾き、瞬く間に先輩の腕の中に。
「…なまえちゃん、ありがとう。卒業しても、また会ってもらえるかな」
「勿論です、薫先輩。ですがとりあえず離して下さい。セクハラで訴えますよ?」
「ははっ、さっきは俺の頬にキスまでしてくれちゃったくせに酷いなぁ。ホラ、行っておいで」
解放された体で前へと歩みを進める。
すっかりいつもの調子に戻ってしまった薫先輩。
欲しい言葉は、まだ貰えそうに無い。
…
彼女の背中が他の男に紛れて言ったのを見届けた後、その場に疼くまった。
「好きだよ、なまえちゃん。名前で呼べないのも、君は他の女の子とは違うから。もう少し、良い男になって、君を幸せに出来るまで、それまでは。軽くてウザい先輩のままでいいからさ、君を想う事だけは許して欲しいなぁ」
Fin.
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