▼ 2.紫之創
生徒がまばらな放課後の夢ノ咲学院のとある1年教室に、私はしののんと裁縫に没頭していた。
「…よし、でーきたっ!」
ジャーン、と出来上がった新しいユニット衣装をしののんの前に広げてみせると、彼は一旦裁縫道具を机に置いた後柔らかく微笑みながらぱちぱちと手を叩いた。
「わぁ、さすがですなまえさん。僕もあと少しで完成しそうですよ。それにしてもやっぱり僕なんかじゃなまえさんのスピードに追い付きませんね」
そう言ってしののんはパチンと縫い終えた糸を着ると私と同じ様に広げた。
「私はこれが本職みたいなものだからねー、でもしののんもすごく上手だよ!お嫁さんに欲しいくらい!」
「えぇっ?!僕は男の子ですよ〜…。
じゃあ息抜きも終わりましたし、そろそろ勉強を再開しましょうか」
おっとそうだった、2年生の私がここ1年教室に居るのはしののんに勉強を教える為だった。
「えっと、古典…なんですけど」
「古典…古典かぁ、昔の人の言い回しって趣があるよねぇ」
「夏目漱石さんは"I Love you"を"月が綺麗ですね"って訳したそうですしね、…ってこれは古典とは関係ないでしょうか…?」
「へぇ、そうなんだ、しののん物知り〜」
各言う私は古典はあまり得意ではない。参考書としののんからの質問箇所を交互眺めていたらなぜか逆にしののんに教えられてしまった。
んん?この子別に私が居なくても解けてるくないですか??
「なまえさんと一緒に考える事でより理解が深まりました、ありがとうございました!」
そう言ってくれたけど、完全に私はしののんの勉強時間を削っただけなのでは…
これでは何も役に立てないと思い
「そろそろ暗くなってきたし、しののんが襲われないようにお姉ちゃんが家まで送ってあげよう!」
そう提案するとしののんは眉を八の字に下げ、頭を振った。
「僕は男の子なんですから平気です!それより僕がなまえさんを送るべきですよ」
困って表情を浮かべるしののんの背中を押して校外に出た。
見上げた空には綺麗な三日月が浮かんでいる。
「わぁ、見て見てしののん!!今日すごく月が綺麗だよ!!!」
しののんは私と同じく空を見上げた後なぜかこちらに目線を寄越しては再び空を見上げた。
「…はい、月が、…えっと、綺麗です、ね」
消え入りそうな声で返したしののんは薄暗がりの中微かに頬が火照っているように見えた。
「あはは、こんな月見たらお月見したくなっちゃうなー」
「え、あっ、…はい、そうですね。じゃあ僕、今度お団子作ってみますね」
どこかトーンの落ちた声で返答を返すしののんの手を握り、へらりと笑みを浮かべてみせた。
「しののん作るお菓子は美味しいからなぁ、いっぱい食べれるなら、私死んでもいいや!」
「なまえさ、…ん、って、手が!」
「お姉ちゃんとはぐれない様に〜ってね」
月明かりの照らす夜道に浮かぶ繋がった2つの影は兄弟か恋人か。
Fin.
…
でもね、しののん
本当にしののんにそんな事言われたら、私死んでもいいよ。
"I Love you"
"月が綺麗ですね"
夏目漱石
"死んでもいいわ"
二葉亭四迷
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