▼ パンジーの花言葉
「なぁ、鉄。パンジーの花言葉って知ってるか?」
なまえの嬢ちゃんが転校して来てからというもの、夢ノ咲学院はすっかり平和になっちまった。
嬢ちゃんのあの優しい性格とつい守っちまいたくなるあの笑顔の虜になっちまった輩は大勢居ると思う。
まぁ、俺も例に漏れず、嬢ちゃんに淡い想いを抱いちまってる一人だが。
嬢ちゃんはちょくちょく裁縫を習いに武道場に足を運んでくれる。
こんな汗臭い所じゃなくてガーデンテラスとかの方がいいんじゃねぇのかと、一度提案したが、嬢ちゃんは
「いえ、ここで十分です。教えていただく身ですし、それに、ここだと鬼龍先輩と鉄虎くんの頑張っている姿も見れますし」
そう言って浮かべた笑みは、何時も他の野郎に見せるような柔らかい笑みではなく、頬をほのかに染め、微かに潤んだ瞳で鉄の筋トレを眺める、何とも幸せそうな笑みだった。
言葉では俺の名前を出してはいるが、嬢ちゃんが心惹かれてんのは…
その表情から全てを悟った俺は自嘲気味に笑みを浮かべた。
(俺なんかにもこんな感情があるとはなぁ…)
紛れもない嫉妬。
ドロドロとした感情は今まで経験したことの無いようなものだった。
プロデュースのない日は嬢ちゃんが俺達の練習風景を眺めながら裁縫をするのが最早日常と化し始めていた頃、武道場に向かっている際に鉄が俺に向けてこう言った。
「た、大将! 大将は、そのっ…なまえ…の姉御の事をどう思ってるッスか…?」
驚いた、とまではいかなかったが、鉄もやはりなまえの嬢ちゃんに淡い想いを抱いていたのか。
「なぁ、鉄。パンジーの花言葉って知ってるか?」
以前妹が花言葉にハマっていた際に見付けたパンジーの花言葉。鉄への微かな対抗心から出た言葉だった。
「パ、パンジーッスか? いや、大将!自分は大将が姉御の事を…!」
「ホラ、騒ぐな。そろそろ武道場に着くぞ。今日は確か嬢ちゃんが来るんだったっけか」
結局鉄からの質問に答える事はなく、武道場の戸を開けた。
中には案の定嬢ちゃんが居た。
いつものように、あの優しい笑顔を浮かべながら…。
人として、惚れた女には幸せに笑っていてほしいものだが…一人の男として嬢ちゃんを手に入れてぇと思う自分が居る。
しかし俺もまだ高校生だ。多少なりとも己の幸せを優先しちまうらしい。
なぁ、嬢ちゃん。
嬢ちゃんが鉄に向けている好意のほんの一欠片でも、鉄を瞳に映している時の僅かな時間だけでも。
俺を見てはくれねぇか。
俺の中に秘めた恋心を、パンジーの花言葉と共に、嬢ちゃんに贈ろう。
Fin
〔パンジーの花言葉〕もの思い、私を思って
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