▼ 眠れない夜のお供
土曜日の夜。
明日も休日だからといって課題やら仕事やらに手を付けていたら、とうとう目が冴えて眠れなくなってしまった。
スマートフォンを手に取り液晶に明かりを灯せば、記されている時刻は午前1時半。
とりあえず形だけでも、とベッドに身を投げるも一度逃げて行った眠気は早々捕まらないらしい。
どうしたものかと瞼を下ろすと脇に置いたスマートフォンの震える音。
ちらりと目を向けると一件の通知が来ていた。
差出人は『朔間先輩』
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こんやもりつがつめたいのじゃ…( ´ ・ω・ ` )
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平仮名ばかりの字面と普段からは想像もつかないような絵文字に思わず笑みが零れた。
どうせ起きているんだしと返書を打つ。
すると直ぐに震え出すスマートフォン。しかし今度は通知ではなく、電話の着信音と共に。
通話ボタンに指を触れさせ、耳に当てると電話の向こうからは朔間先輩の声が。
「この様な時間に起きているとは珍しいのぉ。眠れなかったのかえ?」
「朔間先輩こそ、いきなり電話なんて驚きました。
課題やらをしていたら逆に目が冴えてしまって…今に至ります…」
「全く、嬢ちゃんは少々無理をし過ぎじゃ。夜更しは美容の大敵だとかなんとかよく言うじゃろうて。じゃがまぁ、こうして年寄りの話に付き合わせてしもうとる時点で我輩が嬢ちゃんの睡眠の邪魔をしておることになるがの」
「いえ、どうせ眠れなかったんです。凛月くんに冷たくされた理由でも聞かせてください」
「おぉ、そうじゃのぉ、嬢ちゃんがそういうのならぜひ聞かせてやろう。
我輩達は闇の眷属故、夜に頭が冴えるじゃろう?だから我輩凛月の動きやすい夜の時間帯を考慮してダンスレッスンに誘ったんじゃがのぉ…」
通話口の向こうから聞こえる朔間先輩の嬉々とした話し声。相槌を打っているものの段々と瞼が重たくなってきた。
「それでの…っと、嬢ちゃんや、聞いておるかの?嬢ちゃんや。…なまえ?」
突然紡がれた自らの名前に睡魔に誘われかけていた意識は一時的に舞い戻る。
「あ…はい、聞いてます。先輩は相変わらず凛月くんの事が大好きなんだなぁって思いまして」
「なに、我輩が大好きなのは嬢ちゃん…いや、なまえとて同じじゃよ。皆可愛い愛し子達じゃ。
それはそうと眠気を含んだ様な口調になっておるの、どこか舌足らずでまるで誘われているかのようじゃて、なまえもそろそろ寝るが良かろ」
「まだ…平気です」
もう少し…先輩の声が聞きたいと、そう思ってしまった。
「うーむ、その様に可愛いわがままを言うでない。どれ、我輩が子守唄を歌ってやるとするかの」
なまえの返答も聞かず、ユニットソングを小さく口ずさむ朔間先輩。
小声で口ずさむせいだろう、その歌は所々掠れていて微々な色気を含んでいた。
「〜…♪ 〜‥〜…♪」
いつの間にか意識は睡魔に誘われ眠りの中へ。
漏れる規則的な吐息を耳にすると朔間先輩は歌を口ずさむのを止めた。
「いつも我輩達の為にありがとうなまえ。我輩だけでなく、もちろん皆感謝しておる。
嬢ちゃんのその頑張る姿に心救われた輩は何人も居るじゃろう。じゃが、時としてぽっきり折れてしまいそうな程危うい嬢ちゃんはいつも誰かの恋慕の眼差しの先に居る。
こんな年寄りで明かりが苦手な我輩でさえ、嬢ちゃんの…なまえの太陽の様な暖かみと笑顔に心惹かれてるんじゃよ。
眠りの中に居る嬢ちゃんに向けてしか言えない年寄りを許しておくれ。おやすみなまえ、良い夢を」
通話の切れたスマートフォンを額に当て、その年寄りは目を閉じた。
Fin.
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