3.エンカウント


放課後、一緒に帰る約束をしていた洋平のクラスである7組に赴こうと鞄を持ち上げた。
ふと、辺りを見渡して、同じクラスになったはずの中学のスーパープレイヤーであった彼の姿を探す。相変わらず見当たらない。

HR中に流川楓くんは居なかった、先生は初日からどこ行ったんだって怒っていたけれど、そういえば私が教室に入るのと入れ違いでどこかに行ってたもんね、彼。

廊下を歩いていると前方に花道と洋平、etc.を見つけた。

『あ、洋平ー!早く帰ろ…ってどうしたの、なんだか殺気立っちゃって。またケンカ、するの?』

殺気立つ、というよりもなぜかやる気満々であるetc.を眺めながら半ば呆れたような雰囲気ではあったが、彼に声をかければいつもの落ち着いた声音で返事か返ってくる。

「おー。つってもすぐ済ませるからよ、わりーんだけど少し待っててくれるか?後で教室に迎えに行くからよ。」

『高校生になってもなかなか落ち着かないものだね、気を付けてね。いいよ、すぐ終わるのなら、近くで時間潰してるから。どこに行くの?』

普通の女の子であれば、ヤンキー同士のケンカシーンなんて怖くて見ていられないだろう。
しかし、花道と幼馴染であれば否が応でもそういった場面には遭遇してしまう。何度か花道と仲のいい私を人質に取られて、それを助ける形でケンカをさせてしまったこともあった。
とまぁ、大概のケンカシーンは見慣れてしまっている。私自体はケンカなんてものはしないけれど。



大きな彼らの背中に隠れるようにして屋上の扉を開ける。
風が吹き込んで、開けた視界に映るのは…なんというか、かわいそうな格好で倒れている大男たち。それを見下ろすように眺めるこれまた大男。

振り返った彼は、流川楓だった。

「オマエ一人でやったのか…?だれだオマエは!?」

「流川 楓」

外れた第一ボタンを留めながら、彼がそう答える。
花道も洋平も、その名前に聞き覚えがある様子だった。

花道は流川くんをなめ回すようにガンを飛ばしたり、大きな声で自己紹介をしようとしている。なに、なんでそんな敵対視してるの。

花道が流川くんの胸ぐらをつかんで数十秒後、あの可愛い晴子ちゃんが現れた。
え、どういう状況なの。




結局あれから花道は流川くんのことをぶん殴って、頭突きして、更に出血を負わせちゃうし、晴子ちゃんは晴子ちゃんで、最初の出血は花道のせいだと勘違いして「大っキライ」なんて言っちゃうし。

『めちゃめちゃ意地張るんだね、流川くんって』

私はといえば、大量出血を伴った流川くんに付き添って、とりあえず保健室に来ていた。
放課後ということもあり、保健室には先生はいなかった。
仕方なく、私が彼の手当てをしていた間の話のネタとして、声をかけた。

「うるせーな、おまえもだれだ」

なんだと、手当てしてもらってるくせに生意気な。
む、とわずかに眉を顰めるも、彼の視界に入り込んでいないことに安心しつつ、返答を。

『同じクラス、今日HRで自己紹介してたんだけどな。君ってバスケ部に入るんでしょ?私、バスケ部のマネージャー志望なの、よろしくね』

そういえば教室を出る前にこんな声のどちびに入り口をふさがれていたよーな…。
顔なんて見ていなかった彼は、改めてなまえの顔を瞳に映した。

「あんたもバスケ部、入んの?あんたさっきのうるせー奴らの仲間だろ、あいつらも入るのかよ」

端正な顔の彼の瞳になまえが映り込んでいる。なんだかこんな美形の視界に入ることが申し訳なくて、視線をそらし、救急箱を片す。

『あはは、仲間っていうか、幼馴染だよ。悪い人たちじゃないんだけどね、どうも手が早いというか。んー、…入るかもしれないなぁ、スポーツマン、らしいから』

片した救急箱を棚に戻そうと腰を上げ、つま先立ちにて元の位置に押し上げていると、目の前に影が出来た。
私の手を支えるようにして、救急箱を元の位置に戻す手助けをしてくれた彼は、聞き取れるか否か、小さな声で囁いた。

「手当て、どもっす」

その後静かに保健室から出て行ってしまい、ひとり残されたなまえの携帯が震える。
差出人は水戸洋平だ。


どこにいんの?アイスおごってやんねーぞ。下駄箱で待ってる。


そういえばそうだったと簡単に返信をして、私も保健室を後にする。

かすかに耳に残る彼の低い声と、意外と素直に感謝を告げたことがおかしくて、締まりのない表情を浮かべながら洋平が待つ下駄箱へと駆けて行った。