Long | ナノ

19.あの日の横顔

千秋side

「えっ! 忍くんもあの噂の転校生さんに会ったんスか?!」

「優しくて可愛くて可憐でござった…!」

流星隊のレッスン室の戸に手を掛けた途端、部屋の中からそんな話し声が聞こえてきた。

一瞬手が止まったが、呼吸を繰り返し、いつもの調子でドアを開け、声を掛ける。

「みんな! ちゃんと集合しているかっ!」

「守沢先輩が一番最後ッスよ…。一番最後に来ておいて偉そうとか…鬱だ、死にたい」

「ふはははっ☆ それはすまなかった!」

「ちあきは、あのうわさのてんこうせいさんにあったことがありますか〜?」

呼吸が止まる、笑顔を崩してはいけない。

「俺か! 俺はまだだな! 是非会ってみたい!」

「しのぶがさっきあってきたらしいですよ〜…♪」

あぁ、知っているさ、見ていたからな。





ガーデンテラスから続く廊下を歩いていると角を曲がる仙石の姿が見えた。

同じユニット仲間! つまりは一心一体だ! 声を掛けない訳にはいかない!

俺は仙石の背中を追い掛け角を曲がった後手を上げて声を掛けようとした。

けれどあの日と同じ様に、掛けようとしていた言葉は、俺の喉元につっかえ、声に発せられる事はなかった。

仙石の隣には同じバスケ部の同志、衣更が居た。

そしてその横に…なまえが居たんだ。

俺は咄嗟に先程出てきた角に身を隠し、仙石が見たら喜ぶであろう、さながら忍者の如く気配を消し、なまえの様子を陰から覗き見た。

…随分と、髪が伸びたんだな。

中学2年生までのなまえは、邪魔だからといって、髪を伸ばす事はなく、常にショートヘアだった。

幼顔にショートヘアで、どこからしらボーイッシュな印象であった彼女は、今では肩にかかるくらいのミディアムヘアだ。

久しく見たなまえの横顔を無意識の内にあの日と重ねていた。

衣更の手がなまえの頭へと乗せられる。
恥ずかしそうに顔を赤らめては顔を伏せたなまえ。

あの日と同じことと言えば、夕陽が差し込んでいることくらいだろうか。
その他は何もかもが対照的ななまえの横顔は、あの日の泣き顔なんかよりもずっと綺麗で、彼女の朱に染まった頬が微かに綻ぶと、胸の中がザワ付いた。

懐かしい、この感じ。
彼女を愛おしく思う反面、その綺麗な横顔を遠目から眺める事しか出来ないという歯痒さ。

俺はあの日から何も変わっちゃいない。

俺の憧れるヒーローらしからぬ感情に揺さぶられながら、踵を返し、その場を後にした。

2年の月日が流れ、彼女は大人っぽくなっていた。元々幼いながらに可愛らしかった彼女だ、今となっては男共が放っとかないであろう。

「諦められてると…思ってたんだがなぁ」

眉を下げ、自嘲気味に笑みを漏らしつつポツリ独り言の様に呟くと、仲間の待つレッスン室へと向かった。

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