STORY | ナノ

▽ 七月と黒 下


みんなと違うこと程息苦しいものはない。
昔からそうだった。自分に異質な物を見る目を向ける子ども達。異質な物程利用しようとして媚び諂う大人達。
そしてそいつがただの無能だと知れば嫌悪し、罵って、虐げる。
笑える話だ。
しかしこれが現実。利用して利用して、用がなくなればすぐ捨てる。
上辺だけの関係。
だから、屈託のない笑顔で、信頼し合ってるあいつらが、気に入らない。
せめてこの手で壊してやるのが、優しさってものだろう?



「フチドリ、ダイオウ溜まった!?」
無線機からカザカミの声が聞こえる。
「いやまだだ。でもここ止めねぇと!」
「え、待ってフチドリ!」
エンギの止めも聞かず突っ込んで行く。無様に散って試合が終わってしまったことは言うまでもない。

「もー! ああいう時はスペ溜めて連携っていつも言ってんじゃん!」
ロビー前。俺達チームクロメはタグマを終え、反省会という名の説教会が始まっていた。
ちなみに今怒ってるのはエンギ。手足をじたばたさせて俺に抗議している。
「でもだったらアレどーすんだよ。ほっといてスペ溜めてたらヤグラ進められるだろうが」
「だからって真正面から行ってもやられるだけじゃん! 大事な時に人数不利にさせてどうすんの!」
「まぁまぁ落ち着いて...」
ヒートアップする俺とエンギにカザカミが割って入る。いつもなら文句を付けるのがカザカミでそれを止めるのがエンギなのに今日は全くの逆だ。そのためかカザカミも珍しく戸惑っている。
「でも判断が難しいわよね。確かに放っておいたら進められるし、落とそうとしても柱に隠れられて結局は当たらないし...。ゴールの目の前だと尚の事焦っちゃうしね」
ケイも思案顔だ。普段バトルの指揮を取ってるのがエンギとはいえエイム力が高くいつも後ろから状況把握しているケイでさえこうなのだ。俺達は頭を抱えるしかなかった。
俺達チームクロメは、ヤグラ杯参加を視野にヤグラを練習していた。この前参加したサザエ杯程大きい大会ではないが、それなりに強チームも来る。ヤグラは俺達の中でも課題なので、早めに練習に掛かろう、とエンギが提案したのだ。
俺達の課題、というのも実はチームクロメのメンバー全員ヤグラが苦手だ。エリアはみんな出来るし、ホコはカザカミがホコ持ちが上手いのもあって勝率が良い。ちなみにケイにホコ持ちはやらせてはいけない。絶対にだ。
で、ヤグラはというと視野が足りてない俺が乗ってはキルされ乗ってはキルされ、で常に人数不利を起こし、一番ヤグラから降ろせるカザカミもノヴァやロンカスが増えた今ではブキの性能差で返り討ちに合うことが多い。ケイは乗れない分キルしてくれるのだが、ゾンステに不意を突かれて...なんてことも。まあこれは全員に言えた話なのだが。たまにエンギもゾンステギアにすることもあるのだが、普段使い慣れてるギアを捨てる分精神を擦り減らすのかあまり使いたくないらしく、結局いつも通りになる。一応ゾンステと言えばカザカミのいつものギアなのだが、状況判断が追い付かず活かせないことが多いようだ。
まぁそういう訳で現在チームクロメはヤグラに苦戦中。毎日反省会を開いている状態だ。
「あ、スイレンだ」
そうエンギが指さす。指したその先、ロビー前の端にスイレンはいた。俺達に気付いたのか目が合うが、こちらに来ることはない。放っておいても良いのだが、エンギが近付いていったので俺達も付いて行った。
「スイレンこんにちは! なにしてるの?」
「...別に。あんたさん方には関係ねーです」
平坦な声でそっぽを向く。あーこれ、なんかカザカミを思い出す。ちらりとカザカミを見ると偶然目が合った。なんとも微妙な顔をされた。
「ニサカとは一緒じゃないんだね」
カザカミがいつもより鋭い目付きで聞く。
「デュアカス使いとはいつも一緒にいるわけじゃねーので。あの時はたまたまです」
デュアカス使い。いまいちピンとこない俺達を察したのか、スイレンは溜息を吐いた。
「あいつ、ニサカのことです。編成の為にオクタ使ってるけど、本来はデュアカス使う奴なので」
「へー! そうなんだ。すっごく意外!」
エンギが素直に驚く。無理もない。立ち回りも完璧だったのだ。オクタがメインだと思ってしまうのも仕方ない気がする。
「やっぱり編成によって持ち替えることは必要なのね...」
ケイが顎に手を当てる。ケイの考えていることはすぐに分かった。チームクロメの編成のことだ。
正直言うとチームクロメは編成的にごちゃごちゃと言って良い。バケデコ、シャプマ、リッターにホッカス。ステージ次第では良いのかもしれないが全てこれ、というのは少し変わってるのではないだろうか。ああでもカザカミは持ち替えてるか。しかしほとんど変わることはない。リッターはともかくシャプマやホッカス、俺の持ってるバケデコだって同じ系統の他のブキの方が強いだろう。そう環境が告げている。
しかしケイの考えを汲み取ったのか、エンギが首を振った。
「わたし達は無理に変えなくていいよ。ほら、楽しむことが第一だし。一番使いたいのを優先で...」
「甘いですね」
エンギの言葉をスイレンが遮った。
「ほとんどのチームが一生懸命練習して勝つ為に色々と考えている。それなのにただ楽しむためだけにあんたさんは今まで大会に参加していたのだとしたら、他のチームに失礼。いっそのことあぶれてしまったチームに譲った方が賢明だと思います」
容赦のない台詞。それは俺も思ったことはある。あぶれたチームに、というのは考えたことないが、以前のサザエ杯でたくさんのチームを見て、いかに真剣に挑んでいるかが嫌でも分かった。そんな中に、こんなお気楽な気持ちで参加していいのか、場の雰囲気に触れるとそう思ってしまったのだ。
「そんなの、チームの方針によるじゃん! それに確かに楽しいこと第一だけど、だからって手を抜こうとは思わないよ!」
「手を抜く...はぁ。そもそもなんなんです? あんたさんが持ってるブキ」
「なにって、シャプマだけど」
「知ってます。どうしてそんな地雷ブキを持っているのかと聞いてるんです」
え、とエンギは目を見開く。これはまずいかもしれない。止めに入ろうとしたが、スイレンはそのまま捲くし立てた。
「カンストして、チームにあれこれ指図出来ていい気になってるんです? ウデマエ的にはそういう立場になるのも仕方ないかもしれねーですが、ステージによってはそちらのホッカス使いが赤ZAPに持ち替えてるんですよね? だったら塗りもそこそこのはず。ブキの性能、編成から言ってあんたさんが一番の足手まとい。練習を続けたって、あんたさんのそのブキじゃ」
「待って」
スイレンを遮る。震えて、今にも泣き出しそうなその声は、紛れもなくエンギのものだった。
「それ以上この子を悪く言うの、許さないから...!」
「じゃあ、試してみます?」
スイレンの問いにエンギはなにも答えなかった。しかしその目は決意を表していて、その先に続く言葉なんて、既に知っているようだった。
「勝負、しましょう」



プライベートマッチ。ハコフグ倉庫。
タイマンルールはスペ使用禁止。キルしたら一度リスジャンして相手の復活を待つ、という極めて単純なルールだ。
エンギとスイレンがプラベ部屋に入って行くのを見送った俺達は観戦ルームで待機していた。
「あの二人、なに考えてるのかしら」
ケイが口を開いた。
「タイマンと本物のバトルでは色々と違うものがあるでしょう。状況判断が一つに集中できる分見逃しは少ないし、いくら塗りが弱いとはいえ射程の長い方が有利だわ」
観戦モニターを見て眉を顰める。ケイの言うことはもっともだった。いつも長射程相手だろうとひょいひょい避けて近付いていく。それがエンギのスタイルだが、やはりそれは塗り状況や周りの環境あってこそなのだ。前線がいつもエンギしかいないとはいえエンギはそれをいつも弁えているし、だからこそ成功する技だ。逆に無理だと思えば無理に突っ込まない。それがエンギだ。しかし今回はどうだ。無謀にも程がありすぎる。しかも今回の相手はそれなりに名のあるカンスト勢。ただ突っ込むだけじゃ駄目だということは俺にも分かる。それとも案外カンスト勢はブキ性能差なんて気にせず、自分が勝てるタイマンだと確信出来るものなら相手がどうあれ勝負を吹っかけるものなのだろうか。それはそれでかなりのクズだと思うのだが。
「それにしてもなんであの人、僕が赤ZAP使うって知ってたんだろ」
独り言のようにカザカミが呟く。
「以前大会に出たんだもの。覚えててもおかしくないのではないかしら」
「そうかな。...そう、だね」
ケイの言うことに頷くもその表情は納得していないようだった。
そうこうしている内に試合開始。お互いまず中央に走り始めた。そして中央に着くなりエンギは自分の足場を増やしながら相手の動向を探る。その時だった。エンギが反応するより先にスイレンは姿を現したかと思うと、エンギは一瞬にしてキルされてしまった。
俺は目を見開いた。今、なにが起こったんだ? ジェッカスのメイン性能からしてあのキル速はありえないと思うのだが。
「力をある程度積んでおけばクイボ直撃とメイン一発でキル出来るそうよ」
鋭い目をしてケイが言う。それを聞いて俺は素直に驚く。
「そんなことが出来るのか。それじゃ強すぎて使用者が増えてそうだが全然見たことねぇな」
「そうね...。でも直撃を狙うのもそう簡単じゃないでしょう。少しずれるだけでも確数は増えるし、塗れないから扱いづらいしね」
サザエ杯でもあれで崩されてしまったわ、とケイが言う。恐らく今の俺と同じように驚いたケイがあの後ジェッカスについて調べたのだろう。それくらい初見は驚く代物だった。
俺達がこうやって話し合っている間にも試合は進み、見て分かるくらいにエンギは追い詰められていく。やはり二人きりの分、しかも一つに集中するだけで済むのだ。その上こんな射程が違うのでは、もはや嫌がらせでしかない。
最初こそは強気に出ていたエンギの表情もどんどん恐怖に変わっていく。それを俺は見ていることしか出来なくて妙な焦りを感じた。出来ることならば今すぐやめさせたい。こんなの、勝負じゃない。ただのいじめだ。
長く感じた試合も終了の合図が鳴る。シャプマを見つめ立ち尽くしているエンギに、スイレンは口を開いた。
「ほら、分かったでしょう? あんたさんは弱い。救いようがないくらい足手纏いになる前に、そのブキやめちまうことですね」
「...っ!!」
そこで観戦モニターは途切れた。俺達は目を逸らすことなく、真っ暗なモニターを見つめ続けていた。
しばらくして、試合会場から出てきたスイレンが観戦ルームに入ってきた。しかし俺達に見向きもせずそのまま通り過ぎようとする。その冷酷さに腹が立ち、乱暴に呼び止める。だが、その先なんと声を掛ければいいのか分からなかった。これ以上掴みかかったら、エンギまで傷付けるような気がしたから。
「あんたさん達もですよ」
出口のドアを開く寸前でスイレンが振り返った。
「あんたさん達が生温く馴れ合ってるから、こう弱くなる。傷の舐め合いは楽しいですか?」
ただただ冷たい視線をこちらに向ける。
馴れ合い。
最初、ケイと出会う前、俺が極端に嫌っていたことだ。
なにも言えずにいる俺に、ケイが前に出たかと思うと口を開いた。
「ええ、楽しいわ」
「開き直りですか」
「そうかもしれない。でも私は友達を傷付けてまで強くなろうとは思わない」
そう、力強く、言った。
「じゃあ」
それを見たスイレンが真っ直ぐケイを見据える。
「じゃあ、血の繋がった家族はいくら傷付けてもいいって言うんですか」
平坦な声で言った。
え、と目を見開くケイ。しかしスイレンは返事を待たずして部屋を出て行った。
そこから入れ違いになるようにエンギが部屋に入ってくる。その表情は俯いていてよく見えない。エンギ、と声を掛けると、エンギは顔を上げた。笑っていた。
「え、えへへ。負けちゃった」
そう明るく努めようとするが、その笑顔はどんどん崩れていく。終いには口をもごもごさせ、また俯いてしまった。
「ごめん...ごめん!」
「エンギ!」
エンギは勢いよく部屋を飛び出して行った。追い掛けようとするケイを俺は止める。振り向いたその目は怒りに満ちていた。
「どうして止めるの!」
「誰だって一人になりたい時はある! 自分のプライドが傷付いた時なんかは特に...だから、そっとしておいてやれ」
そう冷静に言う俺にケイははっとなって口を閉ざす。
自分の信じていたものを崩された時、逃げたくなるものだ。何事にも。途端に目の前が真っ暗になるんだ。暗くて、よく見えなくて、不安になって、ぐちゃぐちゃになる。だからこそ、自分を見つめ直す時間って必要だと思う。そこでエンギが道を間違えそうになったら、その時は俺達が戻してやればいい。一緒に道を探してやる。時間がいくら掛かろうと。いつかの、俺のように。



2017/07/23



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