STORY | ナノ

▽ 迷子、子猫


 それはちょっとした出来事だった。
 ルカ達一行は王都レグヌムに最近出来たという大型の複合型購買施設に行く事になった。
 新しい武具を調達しに行きたいね、と話し合うルカとスパーダであったが、洋服や美味しいものがないか見て回りたいというイリア、アンジュ、エルマーナの女性陣三人がそれを許さず、二人は反論の余地なく連れて行かれてしまった。契約者であるアンジュが行くとあればリカルドは大人しく付いて行くらしく、気が付けばそこにはコンウェイとキュキュの二人だけが取り残されていた。
 本来ならばお互いすぐにでも離れて行動したいところだったが、複合型購買施設というだけあって店の中の規模は大きく、客数もかなり多い。こんなところで別行動をすればはぐれてしまうのは確実。余計なロスタイムは控えたい。そう考えたコンウェイとキュキュは仕方なく行動を共にすることになったのだ。
 普段は仲良しごっこを決め込んでいる二人だが、仲間が近くにいないとなれば話は別だった。片や涼しげな顔をしているが雰囲気は最悪である。出来ることならば一刻も早くこの場から離れたいくらいで、そのためならば人混みに呑まれても構わないとさえ思える。
 キュキュは溜め息を吐くと視線を落とした。何故自分はこんな目に合わねばならないのだろう。
 気分が沈み続けるキュキュは、ここから更に己の不運を呪うことになる。
 しばらくして顔を上げると、先導するように前を歩いていたコンウェイの姿が見えなくなっていた。



「あぅ…。みんな、どこ…?」
 溢れる人混みの中、キュキュは仲間の姿を探していた。とにかく誰でもいいから一人でも仲間を見つけなければ。出来ればコンウェイ以外の人がいい。迷子になっているにも関わらず、そんなことを頭の片隅で考えながら。
 キュキュにとって活気のある場所で迷子になるという体験ははじめてで、足を動かす度に仲間が見付からない不安が募っていく。軍人の身であるというのに。迷子ごときで怖がるなど。そんな焦りも抱えて。
 どうして自分がこんな目に。またもやキュキュは溜め息を吐いた。どうしてもなにもあの男のせいだ。全部あの男のせいだ。自分の不注意を棚に上げ、キュキュはひたすらにあの余裕な態度を崩さないコンウェイの姿を思い浮かべては心の中でぼやいた。コンウェイがどこかに行ってしまうから。そう愚痴るものの、それはそれで好都合だと思う自分も確かにいた。
た。
「もし、みんな、キュキュ置いて何処か行く。だたら、どうしよ…」
 一つの不安が横切る。
 それはないだろう。そんなことは分かっている。コンウェイはともかく、みんな優しい。誰か一人でもいないと気が付けばすぐにでも探そうとするだろう。しかしコンウェイとはぐれてから既に一時間以上は経とうとしている。不安が膨れ上がっている中、そんな考えに陥ってしまうのも無理はなかった。
 このままではよくない。少し休もう。そう考えたキュキュは、視界に入ったベンチに腰掛けた。
(自分は戦争が当たり前なところに住んでいる人間よ? こんなところで怖がってては軍人失格だわ。でも、でも──)

 そんな時だった。
 にゃー、と鳴き声が隣から聞こえる。
「にゃあ」
「…猫?」
 何故店の中に猫が。人混みに紛れて入ってきたのだろうか。
「ここにいたんだね」
「っ! …コンウェイ」
 隣で大人しく座っていた猫のその先。そこにはいつものような余裕の笑みを浮かべたコンウェイが立っていた。
 キュキュの心を何度でも苛つかせるその表情は、今も嫌悪感が湧いて仕方がない。しかし、それとはまた別の気持ちも感じられるのは何故だろう。
 やっと、知っている人物に出会えた。
「キミ、泣いてたの?」
「…? キュキュ、泣いてない」
「涙目になってるよ」
 コンウェイに指摘されたと同時にキュキュの瞳から涙が一つ零れた。自分でも気付かなかったそれはコンウェイに言われてはじめて存在を認識したようだった。
 キュキュはかぁっと顔を赤くさせ、慌ててコンウェイに背を向けた。そしてぽろぽろと零れる涙を腕でごしごしと擦る。
『泣いてる訳ないじゃない! これはただの汗よ。いい加減な勘違いやめてくれる?』
「ふふ、分かったよ」
 じゃあみんなの下へ戻ろうか。
 そう声を掛けるとコンウェイは歩き出した。
 未だに立ち上がろうとしないキュキュにコンウェイは振り返ると、来ないのかい、と尋ねてくる。さっき一緒に歩いていた時は振り返りもしなかったくせに。今回はキュキュに合わせてくれるようだった。
 それが少し気にくわなくて、キュキュは首を大きく横に振ると、コンウェイの後に付いていった。


2012/03/26 (加筆修正:2019/10/07)



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