STORY | ナノ

▽ 鈍感なのはお互い様


『手を繋がないと出られない部屋』

「…」
「…」
 いくら押しても引いてもびくりとも動かない扉に貼り付けられた貼り紙を見てオレは言葉を失った。それは隣にいるオレの相棒、イレブンも同じようで、そこには沈黙が広がるばかりだった。
 いやいやいや。こんな部屋、実在するのかよ。てか手を繋がないとって、お題がピュア過ぎないか。なんて、状況に反してオレの頭はつっこみたい気持ちでいっぱいだった。だからといってじゃあやらしい部屋に入れられたいのかと問われれば答えはノーなのだが。
 そもそもいつの間にこんな部屋に閉じ込められてしまったのだろうか。気が付いたらこの部屋の中にいて。ああこれでは本当にどこかで聞いたことがあるような話そのものじゃないか。待て。落ち着け。まずこの部屋に閉じ込められる前までなにをしていたか思い出していこうか。
 オレ達は確かプチャラオ村で各々の時間を過ごしていたはずだった。ベロニカやセーニャ、マルティナは、女子四人でショッピングに行きましょ、とシルビアに誘われ、ロウは情報収集に、グレイグは宿の確保に向かっていったのを覚えている。必然的に二人きりになってしまったオレとイレブンは、どこか行こうか、なにをしようか、と話し合っていた。それも覚えている。お互い特に行きたい場所もやりたいこともなかったためぶらぶらと村を散策していたのだが、遠くでなにか光ってるのを見た気がする、とふしぎな鍛冶が趣味だといっても過言ではないイレブンがふらりと独りでに道を逸れていったのだ。素材に目がないイレブンの後を慌てて追い掛けたオレはなんとか追い付いてその腕を引いたのだが…。その先からは覚えていない。気付いたらこんな部屋にいて、意図の汲めないお題を目の前に立ち尽くしている。結局"気付いたら"から抜け出せていないじゃないか。これもお約束か。
 しかしまぁ幸いにも外に出るには共に部屋に閉じ込められた相手と手を繋ぐという至極簡単なお題だ。こんな脱出させる気しかないお題を出すなんてもしや罠なのではないかとも考えたが、貼り紙の端には「種も仕掛けも御座いません」と注意書きが書かれていた。オレの考えていることはお見通しってか。なんだか解せない気持ちになった。
 色々と考えたところでこの事態を動かすにはやはりお題を達成するしかなさそうだった。オレはともかく、隣にいるイレブンだけでもなんとか外に出さないと。もし仮になにか罠が発動したりすれば、オレが身代わりになればいい。そう決断したオレは、未だに呆然と貼り紙を見ているイレブンに向き直った。
「イレブン」
「…」
「おい。イレブン」
「…えっ? な、なにかな」
 オレの声掛けに、イレブンは肩をびくっと震わせた。その声は上擦っていて顔色もどこか赤い。あーこれは。早々にオレは察してしまい眉を落とした。
 イレブンは妙なところで恥ずかしがる節がある。羞恥のツボが他とずれているというか。仲間のみんなはそういう風には見えない、と言っていた辺りオレと一緒にいる時が顕著なようだった。勇者という立場もあって普段は気を張っていて、そのやたらと恥ずかしがっている様子を見せないようにしているのかもしれない。オレとイレブンはみんなと比べて付き合いが長いし、困ったことがあった時イレブンが真っ先に相談しに行く相手はこのオレだ。区別を付けているつもりではないだろうが、気を許している相手だからこそこうやって色んな表情を見せてくれるのかも。イレブンの一番の相棒だと思っているオレにとってそれはとても嬉しいことなのだが、今はそうも言っていられる状況ではないのだ。イレブンには申し訳ないが、今はそのずれた羞恥のツボをどうにか抑え込んでほしい。
「イレブン、気持ちは分かるが今はこれしか方法がないんだ。ちょっとだけ我慢してくれないか」
「で、でも本当にこれでここから出られるのかな。こんなお題、誰でも達成できそうだし。罠だったら危ないよ」
「それはオレも考えたんだがなぁ。あれを見てみろ」
「…。種も仕掛けも、御座いません…」
「そういうことだ」
 オレが指さした先に目をやったイレブンは項垂れた。ここまで落ち込むことだろうか。さすがのオレも少し傷付く。
 とはいえ引き下がってはいられない。今オレはここでお題を達成し、イレブンを無事外に出してやらねば。ほら、とオレはイレブンに向けて左手を差し出した。オレの手を見て、イレブンは、う、と口を詰まらせた。
「…本当に繋がないと駄目?」
「当たり前だろ。頼む。ここから出る為なんだ」
 力強くお願いするオレに、イレブンは顔を赤くしたままあーだのうーだの口をもごもごさせながら目をきょろきょろさせた。秘技、頼む。イレブンは人一倍お人好しで、頼み事をされると必ずといっていいほど首を縦に振るのだ。まだ二人旅をしていた頃、そんな性格のお陰で何度野郎に引っ掛けられそうになっていたことか。優しいところがイレブンのいいところではあるけども。今でこそパーティーメンバーも大所帯になってきてそんなことは少なくなってきたが、もはや癖になってしまったのか、オレはこいつからなかなか目が離せないでいる。
 優しく素直な性格を利用するのは気が引けるが、そうでもしなければここから出るのはもっと先になってしまいそうだ。心を鬼にしろ、オレ。なにかを成し遂げるためには犠牲は付き物なんだ。オレは心を鬼に。心を。オレは鬼…。あれ、オレは鬼だった…?
「じゃ、じゃあカミュ。いくね…」
 雰囲気に呑まれて頭を混乱させていると、意を決したのかイレブンが深呼吸をしておずおずと右手を差し出してきた。あれだけ急かしていたというのに、あ、ああ、なんて情けのない返事が出る。なんの雰囲気に呑まれていたんだ。しっかりしてくれオレの頭。
 じゃあ、とオレは差し出されたイレブンの右手を繋ごうと左手を進めた。手を開いて、掴む。と、思われたオレの左手は空気を握り締めただけで、そこになんの感触もなかった。
「っておいおい。引っ込めちゃ手は繋げないぞ」
 そう。直前のところでイレブンが右手を引っ込めたのだ。当のイレブンは顔を赤くさせたまま、だって、だって、と子どものように言い訳をしようとしている。
「ごめん。ちょっと待って。すぐ大丈夫になるから。あと数秒待ってお願い」
 ついに頭を抱えだしたイレブンに、オレは溜め息を吐いた。なかなか腹を括ってくれないイレブンにじゃない。相棒の気持ちも蔑ろにしていたオレ自身にだ。
 たしかに早くイレブンを外に出してやらないといけないが、だからといって相手を追い詰めさせてまでお題を達成させようだなんて思わない。時間は掛かってもいつだって達成出来るお題だしな。それをここまで追い込んでから気付くなんて、オレもまだまだだ。
「分かったから。急かして悪かったよ。お前のペースでやればいい。オレはお前に合わせるさ」
 出来る限り優しい声色で言ってやる。するとイレブンは少し落ち着いたのかもう一呼吸すると、もう大丈夫、とオレに向き直った。
 イレブンが右手を差し出すと、オレはそっとその手を上から包み込んだ。
「…っ」
 さらり、と手と手が触れるたび、イレブンは息を詰めてびくりと肩を震わせる。イレブンの手はとても暖かく、それだけ恥ずかしがっていたんだなということがよく分かる。
 手は繋いだ。扉は、まだ開かない。時差か。それとも手の繋ぎ方にも条件があるのか? オレは握る力を緩め、イレブンの手のひらに合わせるとするり、するりと細く所々掠り傷が見え隠れする指を絡めた。
「ひっ!? あ、あのカミュ、なにを」
「普通に手を繋ぐだけじゃ開かねぇみたいだからな」
「う、そ、そうですか…」
 とは言うものの扉は一向に開きそうになかった。おかしい。もしやお題は嘘だったのか。くそ。仕切り直しだ。なぁ、と繋がれた手に向けられていた顔を上げると、オレは固まってしまった。
 イレブンが手持ち無沙汰になってしまった左手の甲を口元に当て、必死に顔を隠そうとしているのだ。そんな片手だけで完全に隠せる訳がないのに。だから顔色が真っ赤であることも、涙目でじっと繋がれた手を見つめていることも。
 ごくり、とオレの喉が鳴る。イレブンから目が離せない。こいつはいつもそうだ。ことあるごとにこうやって目を離せないようにして、オレの心を揺さぶろうとする。他のやつらにもそうやって惑わせてるんじゃないだろうな、と余計な心配ばかりが募る。なにかあったらどうするんだ。世の中どんな野郎がいるか分からないんだぞ。そんな無防備な表情を見せるんじゃない。…オレ以外に、なにも見せないで。
「…イレブ」
 ン、と一歩、詰め寄った時だった。
 ドーン。そんな勢いの言い方音がすぐそばで聞こえ、オレとイレブンは吹き飛ばんばかりにその場で飛び上がった。こんなことしていられない。すぐに体勢を立て直したオレは、腰と肩に掛けられた短剣に手を掛ける。その拍子でずっと繋がれていた手は離れてしまった。あ、とイレブンの小さく漏らす声が聞こえた。
 罠か。一体どんな。しかし一向になにかが向かってくる気配はなく、その代わりに目の前でしっかりと閉じられていた扉が開いていた。
「…開いた?」
「みたいだな…」
 無事扉が開いたことに安堵して短剣に掛けていた手を下ろした。時差だったのか、それとも最後にやった繋ぎ方が合っていたのか、どちらが正解だったのかは定かではないが、結果オーライ。オレはイレブンに促すと二人一緒に外に出た。
 外は心地の良い風が吹いていて気持ちがいい。密室に閉じ込められていたからか、空気がとても美味しく感じる。辺りを見渡してみると、すぐ近くに以前この村の住民を閉じ込めるという事件を起こした壁画が飾られている遺跡が見えた。こんなところまで歩いてきていたのか。この場所は村からじゃあの長い階段を上らないと来られないはずだ。イレブンが見た気がするという素材は階段の辺りに落ちていたのだろうか。階段だけでも道のりはかなり長いはずなんだけどな。これもふしぎな鍛冶の虜になった者の宿命か。よく見えるもんだと呆れつつも感心した。
「やっと出られたな。一時はどうなるかと思ったぜ」
「…」
「長居は無用だな。早くみんなと合流して…ってイレブン? なに怒ってるんだ?」
「別に。怒ってないよ」
 早く戻ろう、とオレの先を歩いていくイレブンだが、その顔は明らかにむくれている。先程まで顔を真っ赤にしてうじうじしていたなんて考えられないくらいの変わり様だ。せっかく出れたのにどうしたというんだ。オレはイレブンの後を追い掛けて左腕を掴んだ。その拍子でイレブンは振り返るが、表情は依然としてむくれたままだ。
「おいおいどうしたのか言ってくれなきゃなにも分からないぜ。どうしたんだよ」
「だからなんでもないってば」
「今すぐ鏡でも見せてやろうか?」
「だから…あーもう!」
 苛立ちを隠さずイレブンはオレの手を払った。振り払われると思っていなかったオレは体勢を少し崩してしまい、目を大きく見開く。
「僕はこんなにも君のことで頭がいっぱいなのに、君は僕と手を繋いでもなにも感じないんだねってこと!」
 …はい?
「え?」
「え…あっ」
 先程までの勢いはどこへやら。イレブンは両手で自身の口元を隠し、しまったと言わんばかりに固まってしまった。
 え、今のどういう。オレのことで頭がいっぱいって、それじゃあまるで。
「違う、これは、その。あの…!」
 イレブンは顔をみるみると赤くしていく。次の瞬間、イレブンは声にならない叫び声を上げて走り去ってしまった。
 早く追わないと。あの状態だとまたなにかおかしな罠に引っ掛かってしまってもおかしくない。だというのに。
 オレは左手で目元を隠し俯いた。畜生。顔が熱い。こんな顔、見せられるわけないじゃないか。

 ほとぼりが冷めた後イレブンを追うと、イレブンは既に他の仲間達と合流していた。
 一緒に行動していたはずのオレ達がばらばらで帰ってきて、その上目を合わせるたびお互い顔を赤くさせるなんてなにかあったのではないかと察されるのに時間は掛からなかったなんて言うまでもない。



2019/04/07



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