STORY | ナノ

▽ I Want!!


「やっほーシェゾ! ボクと勝負しよう!」
「は?」
「負けた方が勝った方のお願いをなんでも聞くルールね。じゃあいっくよー」
「いやいやいやおかしいだろ! ちょっと待てなんなんだお前いきなり!」
 シェゾの目の前に現れるなり突然戦闘準備を始めるアルルに、木陰でゆっくりと寛いでいたシェゾは飛び上がった。アルル手のひらの中で既に形をなしているファイヤーが、シェゾの声を聞くなり徐々に小さくなっていき、跡形もなく消え去っていく。
「なんなのさそんなに驚いて」
「いや驚くだろ普通。人様の前に突然現れるなり攻撃を仕掛ける奴があるか」
「キミじゃん」
「え? ああ、ああ…。まぁそれは置いておくとしてだな」
 自分のことは棚に上げておき一つ咳払いをすると、シェゾは訝しげにアルルを見た。
「どうしたんだお前から勝負を挑んでくるなんて。頭でも打ったのか? 今夜はカレーでも降るのか?」
「ひどすぎない? ボクだってたまには勝負したくなる日くらいあるよ。ねぇカーくん」
「ぐー!」
 あからさまになにかありげにアルルは自身の肩に乗っかるカーバンクルに声を掛けた。カーバンクルは大きな口をにっこりと開けてアルルの言葉に頷いている。
「いいじゃん勝負。いっつもシェゾがしたがってるしさ。それに勝った方はなにをお願いしてもいいんだよ? ボクの魔力が欲しいんでしょ? だったら乗らない手はないよねぇ」
 ここぞとばかりに言い寄ってくるアルルにシェゾは頭を抱えた。怪しい。怪しすぎる。絶対なにか企んでいるに違いない。
 しかしアルルの言うことは最もである。シェゾにとってアルルの魔力は喉から手が出るくらいほしい。普段はシェゾが勝負を挑む度めんどくさいと言いたげな目を向けて軽くあしらってくるアルルが今日はこんなにもやる気なのだ。しかも普段はそんなルールを設けず戦いに挑んでいるが今回はアルルからの提案である。これでやらずしていつやるのだというものである。
「その勝負、受けてたとう。今日こそお前を頂くぞ、アルル!」
「そうこなくっちゃ! よし、いくよ!」
 お互い距離を取って戦闘体勢に入る。
 己の願いを賭けた勝負が、ここに始まった。



「む、無念だ…」
「やったね! 正義は勝ーつ!」
 自信満々で始まった勝負だが呆気なく勝敗がついてしまった。普段以上に早かったかもしれない。それくらいアルルが圧倒していた。
 正義は勝つ、などとぬかしているアルルだが、戦闘中のアルルの表情は決して正義のそれじゃなかっただろ、とシェゾは思った。むしろ悪役に近いくらいの顔と勢いでシェゾを処理していたのである。恐ろしすぎる。
「じゃあルール通りキミはボクの言うこと聞いてね?」
「言っておくが、叶えられる範囲だからな」
「大丈夫だよぉ。ちゃんとシェゾの叶えられる範囲だから」
 んーと、とアルルは一つ伸びをすると、改めてシェゾに向き合った。
「ボク、今日誕生日なんだよね」
「それがどうした」
「だからね、シェゾにおめでとうって言ってほしいな」
 満面の笑みを浮かべてアルルは両手を広げた。
 いつでも来い、ということなのだろうが、対するシェゾは固まるばかりだった。
「ん? なに? ボクのお願い言ったよ? ほらほら、早く叶えてほしいなぁ」
「…それは無理な願いだな」
「ええ、なんで!? 言うだけだよ? 言うだけなんだよ!? いくらでも叶えられるじゃん!」
「無理なものは無理だ。じゃあな」
「待ってよ!」
「ぐえ」
 踵を返し去ろうとするシェゾに、アルルはマントを掴むことによって阻止した。あまりの力強さにシェゾは若干仰け反る体勢になる。
「言うだけなんだから無理じゃないでしょ」
「諦めの悪い! そもそもなんで悪の魔導師である俺が敵であるお前の誕生日など祝わねばならんのだ」
「なに言ってんの! ボクとキミは友達でしょ!」
「普段目の敵のように魔法をぶっぱなす奴が言う言葉か!」
 行かせまいとマントを引っ張り続けるアルルに、たとえ仰け反る体勢になろうと負けじと前に進もうとするシェゾ。両者一歩とも譲らなかった。
 しかし途端にアルルが手を離した。あまりにも突然のことに前に力を込めていたシェゾは前のめりに倒れそうになったが、すんでのところでなんとか踏ん張った。
 文句の一つでも言ってやろうとシェゾは振り返るが、そこにはこれまでにないくらい意地悪くにやにやと笑うアルルの姿があった。
「もしかしてシェゾ、恥ずかしいの?」
「はぁ!?」
「闇の魔導師も男の子だもん。女の子の誕生日を祝うなんて恥ずかしい、とか考えててもおかしくないもんねぇ」
「ばっ、違うわ! 俺をそんな甲斐性なしみたいに言うな!」
「じゃあ言えるよね? ほらほら」
「ぐっ…」
 完全にはめられてしまった。実際には図星だったのだが。シェゾは己の乗せられやすさを呪わずにはいられなかった。
 いや、別に乗せられやすい訳ではないのだ。ただアルルと話していると調子が狂ってくる。ただそれだけなのである。
 もう言い逃れは出来ない。しようものなら問答無用でダイアキュートを重ねがけしたファイヤーがシェゾを襲うだろう。火だるまになる自身を想像してシェゾはぞっとせずにはいられなかった。
「…お…」
「ん? なあに。聞こえないなぁ」
 アルルはわざとらしく耳に手を当てて意地悪く笑った。
 ああもう。破れかぶれ。当たって砕けろだ。シェゾは真っ正面からアルルを見据え、幼さが残るその茶色い瞳から目を離さなかった。

「誕生日おめでとう。アルル」

 一言、シェゾはしっかりとアルルに伝えた。
 アルルはなにも返さなかった。ただシェゾを見上げたまま、沈黙だけが続く。
 その沈黙に耐えきれなかったシェゾは、アルルから目をそらし、踵を返した。
「言ったぞ。これでいいんだろ!」
「…っぷ、あははは!」
「なぜ笑う」
「だってキミ、耳まで真っ赤になってるよ。あはははは!」
「だー! 人がせっかく願いを叶えてやったというのに笑うな!」
「あはは、ふふ、ごめん。ごめんって。うん。ありがとうシェゾ。ボク嬉しいよ」
 アルルはにっこりと、心の底から嬉しそうな笑みでシェゾを見た。その笑顔に、シェゾは少し止まってしまうものの、ふん、とすぐに歩みを進めた。
 アルルの願いは叶えた。もうここに用はない。アルルも願いを叶えてもらえて機嫌が良いのだろう。そのまま去ろうとするシェゾを咎めようとはしなかった。
 それじゃあ帰ろっか、とアルルはカーバンクルに声を掛けると踵を返す。すると、おい、と後ろから呼び止められた。不思議に思い振り返ると、そこには先程までここから立ち去ろうとしていたシェゾが戻ってきていた。
「どうしたの?」
「これをくれてやる」
「これって…」
 そう言ってシェゾが差し出したのは、恐らくシェゾの魔法でどこかに保管していたのだろう、ひまわりの花束だった。
 アルルは素直にそれを受け取ると、まじまじとひまわりの花束を見つめた。アルルが普段道端で見るようなひまわりよりは少し色が薄い気がする。そんなひまわりが七本、綺麗にラッピングされている。
「お前みたいな食欲に思考が全て持ってかれてそうな奴でも花くらいは見るだろ」
 そうあっけらかんとした態度で言うとシェゾは再び来た道を戻っていった。
 あれ、とアルルは首を傾げた。アルルはさっきシェゾに今日が自分の誕生日だと伝えたばかりである。しかしこれは、事前に用意でもしておかないとすぐに持ってはこれないはずだ。アルルの頭は混乱するばかりだった。つまり、つまりこれは。
 ぽかんとしている内にシェゾの姿はもうどこにもなかった。ぐーぐー、と心配そうに見つめてくるカーバンクルを余所に、アルルはぺたりと座り込んだ。
「…ってた…」
「ぐ?」
「シェゾ、知ってたんじゃないかー!」

 これまでかというくらい、アルルは空を見上げて叫んだ。
 そう。シェゾはアルルが誕生日だということはとっくに知っていたのだ。知っている上でアルルの願いをあえて叶えてあげていたのである。全く、はめられたのは一体どっちなのか。
 今シェゾがいなくて良かった、とアルルは心の底から思った。こんな顔、とてもシェゾには見せられそうもない。そのアルルの耳は、先程のシェゾと同じくらい赤く染まっていた。



2018/07/22



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