「ねぇ、サソリ」

名を呼ばれて振り返ろうとすれば後ろから伸びてきた細い二本の腕が俺の腰に巻きついた。その直後に背中に伝わる微かな振動。肩口にかかった芸術的な綺麗な髪が視界のはしに映ってようやく名前に後ろから抱きしめられたということに気づいた。

何の用かと問えば数秒の間の後、後ろから彼女の少しくぐもった声が聞こえてきた。

「平和って、なんだろうね」

声が出なかった。驚いた、というよりはコイツは何を言い出すんだという思いの方が強かった。俺たちは暁。犯罪者集団だ。平和だなんて2文字の熟語から1番遠い場所にいるはずだ。それを今更、平和について考えるとは。

「馬鹿かお前は。」
「うん。私は馬鹿だね」

腰に巻きつく細っこい腕に力がこもる。

「私がこれまでに殺めた生命の数は計り知れない。たくさんの死を見て来た。でももう、そんなのは嫌だよ…怖い。誰かを殺してしまう自分が、怖い」

まるで独り言のように、それでも同時に俺に語りかけるように発せられた言葉は揺れていた。そこではじめて、名前が息を殺して泣いていることがわかった。
腰に巻きついた腕をそっと退けて向き合い、今度は俺が正面から、幼子をあやすように抱きしめた。背中をさすればぷつりと糸がきれたように泣き出す名前。

俺は間違いを犯したのだろう。
俺は知っていた。名前は優しすぎるから、どんな生命でも消すことはできないことを。それでも彼女が共に来たいと言うからと、ここへ連れて来たのだ。本当は、それは口実にしか過ぎなかった。俺はただ、名前だけは手放したくなかったのだ。だから俺は名前の言葉に甘えた。
しかしそれは間違いだった。

「もういい、名前」

未だに頬を伝う涙を親指ではらう。
もういい名前。

お前は優しすぎる。
この闇の広がる世界にお前は白すぎる。
だから全てが見えるのだろう。
そしてそれを見逃せないのだろう。
だったら、見なくていい。
ずっと、俺の背中にその双眼を押し当てて、耳も塞いでしまえばいい。

そしていつか、俺から、この闇の世界から抜け出せばいい。
その時俺は、お前を止めない。
闇の世界から、お前という光だけを眺めることにしようじゃないか。

平和の定義
とは、一体なんだろう


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