「…」

珍しく夢を見た。
あの時の名前が俺を見ながら言葉を紡ぐ。はっとして起き上がれば睫毛が濡れていた。

「お願い。行かないで」

俺が里を抜けるとき、涙ぐみながら俺の腕を弱々しく掴み紡いだ言葉。
里を抜けるとき、俺にとって心残りだったのは、弟のサスケと恋人とも言える名前だった。サスケの前ではあんな風に振る舞えたが名前の前では無理だった。俺の腕を弱々しく掴む手を振り払うのなんて簡単だったのに。

小さくため息を吐く。
ふと窓の外を見ればあの夜のような大きな月が俺を照らしていた。

「名前」

久しぶりに声に出した彼女の名は、以前と変わらず美しかった。

イタチがゆっくり離れていくのはなんとなく分かってた。でも嘘だって信じたくて気付いてないフリをしていた。考えすぎなんだって。
でももしも私が現実と向き合って、イタチとしっかり話し合っていたら、イタチは今も私の隣にいてくれた?あの日の夜、私はただただ行かないでとしか言えなかった。めんどくさい女だと思った。それでもイタチは優しく私の事を抱きしめてひたすら謝った。
それからの事は覚えてなくて、気付いたら夕日が私を照らしていた。いつの間にか朝日が昇っていつの間にか沈みかけている。夢だと信じたかった。

だけどこんな日に限って夕焼け空はイタチの様に、暖かく優しくて、夢じゃないんだって思い知らされた。もうすでに目の前にイタチはいなかったのに、私は叫んだんだ。

「行かないで」

窓淵に手をかけてカーテンを退けて夜空を見かける。きらきら輝く星の中に一際目立つ大きな丸。
今夜は月が大きいのね。
まるで、あの日のよう。

暁に入ってからも名前との思い出は消えなかった。かといって増える事もなく、ただただ月日だけが経っていった。当たり前と言ったら当たり前だが。

もしもあの時、あの腕を冷たく振り払っていれば、こんな風に思い出すこともなかったかもしれない。己の甘さに自嘲した。
名前に対する想いはとっくの昔に心の片隅に追いやって固く固く閉ざしたはずだったのに。それでも本当は分かってたはずだ。
そんなことでは想いを抑えることなんてできないことくらい。それでもわざと分からないフリをしていたのは、名前に未練があるからだろう。

だが、もうこれで終わりにする。
明日にはサスケが俺を殺しに来るだろう。これでいいんだ。
名前、お前の幸せを、願っている。

今でもふとイタチが帰ってくるのではないかと思ってしまう。時々見る夢では、イタチは再びどこかへ行ってしまう。その度に私は言う。

「お願い。側にいて」

と。それが、夢の中でだけ言うことの許された言葉。
なんだか眠れなくなって外を出歩いてみる。昼間はあんなに賑やかなこの通りもすっかり静かになっていて、まるで世界には私しかいないみたい。
月はあの日のように大きく、輝いていて私の立つ通りを照らしていて、まるでイタチがくれた道しるべ。それなのに、皮肉なことにそれを与えてくれた貴方の背中は遠すぎて見えないの。

「行かないで。ねぇ、側にいて」

届くはずのない言葉を言う。分かってるけれどもしかしたら、なんて考えてしまう。とんだ感傷主義者だ。我ながら情けない。

ごめん、ごめんねイタチ。
でも、今だけは許して。
明日になったら、いつもみたいに笑ってみせるからさ。

今宵の月は綺麗ですね。

泣かないと決めた日


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テーマ「人外ファンタジー」
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