「もう名前とはいられねえ」
「え、」

いきなり目をまっすぐに見つめられそう告げられた時、頭を鈍器で殴られたような錯覚に陥った。ぐらりと歪みかける視界。ふらつく足元。
ぐっと踏ん張ってなんとか冷静を装おうとするけど動悸は止まらない。ひゅーひゅーと喉が鳴って、喘息の発作がでる。がくっと片膝から崩れ落ちればサソリは慌てて喘息の薬を私に飲ませた。

なんで、なんでさよならを告げたあなたが優しくするの。そんなことをされたら、あなたに甘えようと必死になってしまう。

「っ、は、なん、で」
「…」
「なんで、そんなこと、言う、の、」
「…」
「どういう、意味、」
「そのままの意味だ。もう、俺は名前と一緒にいられない」

声はいつもみたいに冷たくて感情が分からないのに、柄にもなく優しく私を抱きしめた腕が震えていて、なにも言えなくなった。
もう、戻れないんだね。
あなたは、サソリは覚悟を決めたんだね。

「里を、抜けるんだね」
「…ああ」
「私は、一緒にいけないの?」
「名前には危険すぎる」
「それでサソリは幸せなの?」

この問いに、彼は暫くの間黙り込んだ。その間に彼の腕からするりと抜け、サソリの琥珀色の目を覗き込む。彼の目は、揺れていた。いつのまにか喘息の発作は治まっていた。ずっと喘息の発作がでていれば、今みたいにずっと傍にいてくれるかもしれないのに。
心とは裏腹に、体は現実を受け止めていた。

「名前がここに残ることこそが、名前にとっての幸せだ」
「そんな、」
「名前が幸せならば、俺は幸せだ」
「サソリがいないと、」
「大丈夫だ。名前なら。もう俺は必要ない」

違う。
サソリがいないといやだよ。
勝手に決め付けないで。

「お前が傷つく姿を見たくない」
「なら、一緒にいて。私を、いつもみたいに守ってよ」

藁にも縋る思いでそう伝えてもサソリは静かに首を振った。

「俺がいると、名前が不幸になる」
「サソリがいなくなる時点で不幸だよ」
「俺はこれから、俺でなくなる」
「それでもサソリはサソリでしょ?」
「…」
「ねぇ、」

答えてよ。なんで黙るの。
サソリがサソリでなくなるって何。どういうことなの。
また発作が出そうになるのを堪えればさっきよりも強く抱きしめられた。
もう無駄だって、分かってた。
下唇をぐっと噛めば鉄の味がした。

きみの闇は、私じゃ背負えませんか

腹部に拳をいれ、失神させる。脆い名前の体は俺の腕のなかに落ちた。前髪を掻き分け、おでこに触れるだけの口づけを残して、ゆっくりゆっくり抱きしめた。

「さよならだ。名前」

達者でな。
お前は、ずっと光でいろ。
俺のように、闇に埋もれるな。

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テーマ「人外ファンタジー」
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