※小さい時のサソリのベビーシッター的なもの


「名前さんなんて大っ嫌いだ!どっか行っちゃえ!」
「サソリちゃん…」
「なんでまだいるんだよ!どっか行っちゃえってばぁ!」
「…じゃあ、今日は帰りますから、何かあったら電話して下さいね。一人で寂しくない?大丈夫?」
「ふんだ!名前さんなんて、名前さんなんて、傀儡にされちゃえばいいんだ!僕は一人がいいんだ!ほっといてよ!」

名前さんが悪いんだ。僕は悪くない。僕は名前さんが大好きなのに、名前さんは僕を親を亡くした可哀相な子としか見てないから。本人はそんなこと言ったことないけど、きっとそう思ってるにちがいない。困ったように笑いながら「また明日ね」と言って名前さんはドアを閉めた。絶対に来るな!叫んだからきっと聞こえてたと思うけど、何も言わなかったのはまた名前さんの優しさ。それがまたムカつく、ムカつく!!しん、と急に静かになる部屋の中。僕は名前さんが出ていったドアを見つめながらぽつりと呟いた。

「名前さんなんて、嫌いだ」


次の日、チヨバァ様が手招きしてきたからなぁに?と走り寄れば新しいお手伝いさんを紹介したいって。…なんだ、名前さん、辞めたんだ。ふん。僕が昨日暴れただけで辞めるなんて。弱いヤツは嫌いだ。名前さんなんて、嫌いだ。

「あらまぁサソリくん、凄いのねぇ。将来有望!」

にやにやと笑いながら僕の手元を覗き込む新しいお手伝いの目は僕に対する偏見と、まるで目の前に宝を見ているかのような欲にまみれていた。汚らわしい。そう思った。


今日も名前さんは来なかった。代わりに昨日きたあの汚らわしい女が来た。なんだよ。名前さんの嘘つき。明日来るって言って、昨日来なかったじゃないか。
そこではっとした。僕、来るな!って叫んじゃった。名前さん、だから来ないのかなぁ。だとしたら、僕、謝るから、名前さんに来てほしい。
たまらなくなって僕は名前さんの番号に電話した。だって名前さん、何かあったら電話してね、っていっつも言ってた。だから僕は名前さんの電話番号が分かるんだ。数回のコールの後、出たのは留守番電話サービス。
いよいよ僕は泣き出した。名前さん、死んじゃったのかな?傀儡になっちゃったのかな?僕が死んじゃえって言ったから、僕が傀儡になっちゃえって言ったから。名前さん、ごめんなさい。ごめんなさい名前さん!だから、帰ってきてよ。ねぇ名前さん。
僕本当は、一人が嫌いだ。大嫌いだ。
父様も母様も僕を置いて行っちゃって、それから来た名前さんは僕にとって1番大切な人だったんだ。名前さんが大切だったって気づいちゃったんだ。もう、一人になんてなれないよ。ねぇ、名前さん。

僕は名前さんの家の住所をチヨバァ様に教えてもらって外に飛び出した。新しいお手伝いがどこ行くの?って叫んでたけど無視した。あんなヤツ、あんなヤツじゃ嫌だ。僕は名前さんがいい!
必死に走って走って走りまくった。だけど僕はなかなか名前さんの家にたどり着かなくて、気が付いたら迷子になっていた。見たことのない建物、道行く知らない人たち。もう僕、帰れないの?名前さんにも会えないの?ここで死んじゃうの?
急に底知れない恐怖に見舞われて、とうとう僕は泣き出した。しゃがみ込んで、顔の前で腕を組んで、その腕の中に顔を埋めて。声を上げて泣いた。誰も声をかけてはくれない。誰でもいい。誰でもいいから、今は傍にいてほしかった。頭を撫でてほしかった。大丈夫だよって背中を摩ってほしかった。

「うぇぇ、うっ、ひっく、名前っ、さ、」

ごめんなさい名前さん。謝るから帰ってきてよ。

「…サソリちゃん?」

その時だった。ふと、肩におかれた手。次いで上から降ってきた声。この声は!!バッと顔を上げれば、僕が会いたかった名前さんが僕を覗き込んでいた。

「やっぱりサソリちゃんだ。どうしてここにいるの?大丈夫?」
「ひっく、名前っ、さっ、」
「どうして泣いてるの?よしよし」

優しく抱きしめられ背中をとんとんと叩かれる。途端に涙がぶわっと溢れ出して、ようやく収まりかけたのにまた呼吸があがってしまった。だけどいいんだ。名前さんに会えたから。

「僕っ、名前さん、にっ、酷いこと、たくさっ、言っちゃ、たから、ね、」
「うん」
「謝りっ、たく、て」
「うん」
「ごめんっ、な、さい、っひっく」
「うん」

僕、本当は

「僕、本当は、」
「うん」
「寂し、かった、」
「うん」
「寂しかった、だけっ、なん、」
「もういいよ。名前さんは大丈夫」

ぎゅっと名前さんの腕に力が入る。苦しいよ、と言えばごめんね、ってかえってくる。大好きって言ったらありがとうってかえってくる。

「サソリちゃん、私もね、謝らないといけないね」
「え?」
「昨日ね、名前さん、風邪引いちゃっていけなかったの。約束破っちゃってごめんね」
「ううん、大丈夫だよ」

名前さんの腕の中から出て、膝をついて僕と目線を合わせてる名前さんの手にはたくさんの果物。それはなに?って聞いたら、昨日のお詫びだよって笑ってくれた。

「じゃあ、一緒に食べれる?」
「…もちろん!サソリちゃんがそうしたいならね」
「よかったぁ」
「じゃあ、サソリちゃんの家に行こっか。迷子になっちゃったんでしょ?」

くすくすと笑いながら僕の手を握って立ち上がる名前さんに恥ずかしくなって目を反らせば顔赤いよってほっぺをつんってされた。慌ててほっぺを触ったら、涙が乾いた後が残ってて、もう涙はどっかに飛んでっちゃったみたい。

「帰ったら何しようか」
「僕、なんでもいいよ!…名前さんと一緒なら」
「ふふ、ありがとう」

夕日のなか長く伸びる僕と名前さんの陰。二人の間でぶらぶら揺れている手の陰は繋がっていてとっても幸せな気持ちになった。


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