家の近くの河川敷を散歩していたらどこかで見たことのあるような頭を見つけた。まさかな、とは思いつつもそうであってほしいと願う自分がどこかでいて、そのぐちゃぐちゃした気分が気持ち悪くて眉間に皴がよる。それでも気づいたら、うずくまっているその頭に声をかけていた。
「おい」
俺の声に反応して、ゆっくりと顔をあげ視界に俺を捕らえる。その顔が、数年前に行方をくらました名前の姿と重なってすこしばかり動揺した。それと同時に、再びこいつと会えて嬉しいと素直に思った。
数年間会っていなかったとはいえこいつは変わらねぇな。なんというか、すぐ分かる。まぁこいつは俺を覚えていないだろうが。
「…なんですか」
そう答えた名前の目は充血していて、頬には涙の通った跡が残っていた。
「なんでお前泣いてんだよ」
たしかこいつは気が強いヤツだった。だから人前では泣かないし、泣いたことだって一度見たくらいだ。しかもその涙はただの悔し涙。あん時の名前は負け知らずだったのにぼろくそやられて、天狗になりきっていた鼻をぼっきり折られたのが相当堪えたらしい。
「つい先刻、長年連れ添った恋人に別れを告げられまして」
「フラれたのか」
「違います。別れを告げられたんです。」
「同じだろ」
なんというか、本当に変わってない。負けず嫌いなとことか、痛いところをつかれると目を逸らすとことか、見た目とかも。
短いため息が勝手に零れた。これは安堵からくるものだろう。
それでも失恋したことで泣くようになるなんて、少しは女らしくなったんだなと思うとなんとも言えない感情がどこからともなく沸いて来て。…とにかくむずむずした。
「で、お前はそれがショックだったと」
らしくねぇ。
女々しいとかきも。
「そりゃ、まぁねぇ…」
それでも俺は、名前のことが好きだったし、今でも好きなんだ。そうでなけりゃこんなヤツ、とっくに忘れてる。
「ま、フラれちまったモンはしょうがねぇ。さっさと前向くことだな」
ついでに俺のこと見れば?
なんて、言ったらコイツはどんな顔をするのかなんて考えちまう俺は末期なのか。
「なんで初対面のあなたにそんなこと言われなくちゃならな、」
初対面、そう言われた瞬間、なんともいえない虚無感を感じた。あぁ、やっぱりコイツにとっちゃ俺は初対面で、ただの赤の他人。
噂には聞いていたが、まさか本当に記憶をなくしているだなんて。おい、お前は俺のことを忘れちまったのかよ。かつては恋人って関係だったのに、忘れちまったのかよ。お前にとっての俺は、そんなもんだったのかよ。
でも、忘れてなけりゃ新しい恋人なんて作らなかっただろう。やっぱりコイツは、あの事故で記憶を失ったんだ。
くそ。胸糞悪ィ。
さっさとここから立ち退きたい。
「ま、とにかく前向けよ。恋人なんざまたできんだろ」
もうヤケになってる。
本当、お前なんか幸せになっちまえ。そんでいつかは俺のことを思い出して泣いちまえばいいんだ。
「どうかねぇ。もう賞味期限切れだよ」
まさかの回答に、拍子抜けしてしまい、今までのもやもやはどっかへ飛んでった。
…全くコイツは。はぁ。
「お前なら大丈夫だろ」
「さぁ、どうだろうね」
はは、と笑ってはいるものの、目はどこを見据えているか分からなかった。もうこんなヤツほって置こうと思ったけど、不敏だし、…もう少し見守っててやる。
「お前をどっかからでも見守ってるヤツがいるかもしれねぇぞ」
「そりゃありがたい」
相変わらず鈍感な野郎だ。
それでも良くしてしまうのは惚れた弱みというヤツだろうか。我ながら情けない。
「ま、元気だせよ。…じゃあな、名前」
名前、そう呼べばみるみるうちに見開かれる瞳。は、マヌケな顔。
「…名前、どうして…」
「さあ、なんでだろうな」
にやり、口角をあげればいっきに頭の周りにクエスチョンマークが飛び交う。…相変わらず馬鹿だな。馬鹿でマヌケなくせに、なんで負けず嫌いなんだか。
意味分かんねぇヤツだし馬鹿だけど、再び笑い会える日が訪れることを祈ってしまう俺の脳は、よほどコイツに洗脳されているらしい。