あれから何時間経っただろうか。
大分日も傾いた。
そんな時、草を踏み締める音が聞こえた。不規則なそれは、こちらに近づくたびに俺の核の動きを早めた。
「サ、ソリ…」
聞き慣れた声に混じる荒い呼吸。喉がひゅ、と鳴る。
「名前…」
名前の姿が見えた瞬間、駆け寄っていた。刹那、膝から崩れ落ちる名前の目は、濁っていた。それはもう、長くないことを示唆していた。
慌てて支えれば名前は虚ろな目を向けながら言った。
「ほらね、帰って来ただろう」
「名前、一体何が」
自分で強いと過信してたくせに。過信しすぎだ馬鹿。お前はどうせ、調子に乗ると嵌めをはずすタイプだろ。
「負けた。ヤツは、あたしよりも強かった、それだけさ」
「…」
「おい、サソリ。」
力が入らず震える手が伸びてきて俺の目頭に触れる。
「なぜ、泣いている。」
「俺が?俺は傀儡だ。涙なんてない」
「目が、泣いてるさ。まだまだ甘いな、お前も。これから先、どんどん仲間は死んでくさ。そんなの屁でもないと思えるようにならなくちゃね」
こんな時、涙がでなくてよかったと思う自分と、なんで出ないんだと思う自分が産まれていた。
「サソリ」
「なんだ」
「私は、お前にとって、いい先輩だったかい?」
「…もっと頼りがいのある先輩がよかったな」
そう言えば名前は目を細めて笑った。
「私としては、120点満点の先輩だったと思ったんだが」
「それはない」
「相変わらず馬鹿だなお前は。最後くらい、いい先輩でしたって言えるようになれよ。まぁお前らしいっちゃ、お前らしい」
「ふん。そう言ったら、満足して死ぬんだろ」
「まぁな。」
どんどん荒くなる呼吸とは裏腹に優しげな表情になる名前が痛々しかった。
「さぁ、受け取れサソリ。これでサソリも暁の正式なメンバーだよ」
血の着いたあの指輪を渡された。
「…いらねぇよ」
「なんで」
「そうしたらアンタの居場所が無くなんだろ」
「気にするな。それに受け取ってくれないと、私の先輩としての役目が終われないじゃないか」
「なら一生俺の先輩として生きろよ。先輩?」
わざとそう言えば名前は力無い手で無理矢理俺に指輪を握らせ、左の親指につけて今すぐ見せろと要求。
言われた通りにすれば、お前も時には可愛いことができるじゃないかと笑われた。
「なぁ、サソリ。お前は、幸せだったかい?私はね、サソリに出会えたことが、この人生で1番幸せだったよ。」
「…俺は、」
「お前は、幸せになれよ。私の分まで、生きろ、」
人の話聞けよ。
本当コイツ人の話聞かないよな。初めて会った夜もそうだった。てかそんなこと言う暇あんなら、
「名前も生きる努力しろよ」
「は、確かにそうだ。こんなとこで、くたばるのなんざごめんだよ」
なら、生きろよ。
俺のためにも、さ。
「だから、私は少し一眠りする」
「嘘付け。名前の一眠りなんざ、何時間単位だろ」
「ばれてたか」
「バレバレだ」
「まぁ、そういうワケだ。あ、そうだサソリ」
「ん」
「私、サソリのことを愛していた」
「そうか」
「ああ。じゃあね、さよならだ、サソリ」
ゆっくり閉じられる瞼を押さえ付けられたらどんなによかっただろう。
静かに眠った名前の胸に顔を埋め、亡きがらとなった体をしっかりと抱きしめた。今の温もりを忘れぬよう、体に焼き付けるように。
さよならばいばいじゃなくて、またねが聞きたかったよ今更になって、彼女に対する感情が、愛だったなんて気づくなんて。
どうせなら最期まで気付きたくなかった。
「俺も、名前を愛してる」
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