(幸村入院中)
(カニバリズム注意)




綺麗だと思った。




「遅くなってすまない」

練習の後の泥まみれ、汗まみれのまま訪れる真田を迎えるのは、もう何度目だろう。

「良いよ、今練習一番忙しい時期だからね。……だから、別に毎日来てくれなくても良いのにさ」
「いや、構わないでくれ。俺が来たくて来ているのだ」

全国大会を目前に控え、遅くまで練習に励んでいる真田が見舞いに来るのは、いつも面会終了時間ぎりぎりだ。大した話はできない。
それでも真田は毎日欠かさず俺のもとを訪れる。そして、テニスとは何の関係もない話だけをして帰っていく。
それが真田なりの優しさだと気付かないほど、鈍くは出来ていない自分が恨めしい。

(真田が気遣いとか。何それ笑える)

真田は別に気遣いが出来ない人間じゃない。言いたいことをぽんぽん口に出している(というか怒鳴っている)ように見えて、案外気遣いが細やかなタチだ。
けれど自分がその気遣いを受ける日がくるとは思わなかった。この俺が、幸村精市が。

(むかつく)

テニスの話をされたらキレていただろうが、されなかったらされなかったで腹が立つ。矛盾するこの感情は、相手が真田だからなのかもしれない。だって柳や仁王が話しているのを聞いても、こんなにいらいらしない。


隣に立ちたいなんて思わない。


「幸村?大丈夫か?」

自分の思考に没頭する余りまったく話を聞いていなかった俺を、真田は心配そうな顔で覗きこんでくる。
その首元の、きっちり結ばれたネクタイを引っ張った。

「むっ!?」

完全に無防備だった真田はあっさりと膝をつき、俺の胸元に倒れ込んでくる。そのたくましい身体に思いっ切り抱き着くと、汗と泥が混じった懐かしい匂いがした。シャワーくらいは浴びてきてるはずなのにね。

「幸村……?」

戸惑った真田の声が遠く聞こえる。
汗と泥が独特の匂い。制服の袖がユニフォームのそれより短いせいでよく分かる日焼けの跡。健康な中学生の身体。

きれい。

「きれいだね」
「は?」
「きれいだ」

病院に閉じこもりきりで白いままの俺とは違う、輝いてる命。
真田の命。


「きれいきれいきれいきれいきれいきれいきれいきれいきれいきれいきれいきれいきれいきれいきれいきれいきれいきれいきれいきれいきれいきれいきれい」


「幸村っ……!?」

真田が怯えたような声を上げ、俺から離れようと腕を突っ張る。
何だよ、きれいって言ってるのに。褒めてるのに。あ、男がきれいって言われても嬉しくないか。
じゃあね、


「美味しそう」


その肌、健康な肌、真田の肌。美味しそうだよ。
そう思ったら何だかお腹が空いてきちゃった。かぷり。いや、がぶり?真田の肩を食いちぎる。血は温かいし肉は、うん、ちょっと筋張ってるけど予想より柔らかい。何より滅多に聞けない真田の悲鳴が最高のスパイスだ。


やっぱり。
美味しい。


最初からこうすればよかったね。そうすればお前の隣に立てないとか悩まなくてすんだんだ。
一つになっちゃえば、万事解決なんだ。

ぐう。
血の滴る肩を押さえながら呆然と俺を見る真田に、また空腹感が増す。

次はどこにしよう。もちろん最後には残さず全部食べるつもりだけど、出来れば柔らかいところが良いな。
……そうだ、目が良い。いつも俺を真っ直ぐ見つめる目。前を見据える黒い瞳。食べたら俺も真田と同じ世界が見えるに違いない。

手を伸ばしてぐるりと眼球をえぐり取る。まずは、左目。右目は最後に食べなきゃね。だって、いきなり両目を取っちゃったら真田が俺のこと見れなくなるだろう?



あ、ごめん、言うの忘れてた。



「真田、愛してるよ」



いただきます。










初幸真でカニバリズムってどういうことなの。



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