短編 | ナノ

 ↑続き


「厄介なのは赤司の眼です」

洛山との対戦が決まった時真ちゃんは真っ先にそう言った。

「奴の眼は人体の構造を通して未来を見通します。例えて言うなら高尾のホークアイや誠凜の伊月さんのイーグルアイを人体に応用したようなもの。奴の未来視は――絶対に外れない」
「絶対に?」
「絶対に」

宮地さんの問いに真ちゃんは浅く頷く。

「俺がチームメイトだった時からあいつが未来視を外したことはありません。更に奴は高校でまた成長もしているはずです。外す確率は零と考えた方が良い」
「だがそれにどうにかして対策を練らなくてはならない。緑間、何かないのか?」
「……あることにはあるのですが……」

奴は珍しく言いづらそうに口ごもって、視線を逸らした。

「ないというには展望がありすぎて、あるというにはどこもかしこもお粗末すぎる案です。……何とも、言えないような」
「つまりまだまとまってないのか」
「………はい」

仕方ない、と大坪さんは真ちゃんの肩を叩いた。

「まとまったら言え。俺たちも模索してみるから。今は赤司のことは置いておいて、実渕、根武谷、葉山の対策を練ろう」
「無冠の五将のうちの三人っすよね?」
「………前半はおそらくその三人中心のゲームメイクになるでしょう。赤司が直接的に行動してくることはまず有り得ません。奴が出てくるとしたら――」

第3Q。
相変わらずキレーにテーピングが巻かれた指が三本、ひらひら振れる。

「それも第2Qが終わるまでに秀徳が洛山に点数が先行している、もしくは拮抗しているかでないと奴は出て来すらしないでしょう」

ごくり、と。
誰かの喉が鳴ったと思ったら俺だった。
前半自分は動かず、ワンゲームまるまる指示出しだけで終わることを許されている存在。
一年ながら洛山高校バスケ部の主将を務め、中学時代にはキセキの連中を束ねてきた「帝王」――赤司征十郎。

「――とにかく」

ぱんっと高らかに手を打って宮地さんがまとめた。

「明日から練習は今までの三倍だと思え。着いてこれなかったら轢く。死ぬ気でやれ」

当然っしょ。
にっこり笑って仰ぎ見た相棒は、まだ複雑な顔をしたままだった。












多分それから三日くらい経った頃の話。
休憩時間中にふと見たら、真ちゃんの姿が無かった。ちょうど側にいた宮地さんに聞いてみたら、休憩時間になった途端に体育館を出て行ったとか。
俺は妙な胸騒ぎを覚えて体育館近くの水飲み場に向かった。

苦しくえづく声がする。

「真ちゃんっ!!」

流しに顔を突っ込むようにして嘔吐を繰り返す真ちゃんの背中に慌てて取り縋った。

「高、尾」
「真ちゃん大丈夫!?どうしたの今日体調悪かった!?」

先輩でさえ吐いた地獄の合宿で、蒼白になりながらもただ一人嘔吐しなかったという偉業を成し遂げた真ちゃんが吐いている。生理的な涙を幾筋も頬に伝わせて、内臓まで吐き出すかのような勢いで発作を繰り返している。
予想外の事態に軽いパニック状態に陥った俺の頭を、真ちゃんの手が容赦なく叩いた。

「うるさい死ね」

あっはい通常運転ですね。罵られてほっとする俺ってほんとに何か終わってる気がする。
何はともあれ冷静を取り戻した俺は、まだ苦しげにしている真ちゃんの背中をさすりながら尋ねた。

「ほんとにどうしたの、真ちゃん。無理は禁物だって大坪さんも言ってただろ」
「……無理をしているわけではない」
「じゃあ何」

真ちゃんはしばらく黙ってたけど、言わないと俺が引き下がらないと分かったのか観念したように呟いた。

「笑わないか」
「笑わないよ」
「………赤司の、プレッシャー」

目が点になった。

「ちょ、まっ……まさか赤司と連絡とったの!?」
「誰が試合前にそんな自殺行為をするのだよ。………ただ、勝手に赤司を思い出して、勝手にプレッシャーを感じて、勝手に吐いているだけだ。気にするな」

真ちゃんは吐き捨てるようにそう言って体育館に戻ろうとする。
その背中が。
――また、寂しいって訴えてて。

「真ちゃん」

思わずユニフォームの裾を掴んだ。

「何なのだよ」
「真ちゃん、俺に赤司の話して。赤司のこと教えて」

赤司の試合、普段の生活、中学時代の逸話。
真ちゃんがプレッシャー感じてる全部、俺に話して。

重くて重くて抱えきれない荷物は、俺が一緒に運んであげるから。


真ちゃんはしばらく未確認生命物体でも発見したみたいなすんごい目つきで俺のことガン見してた。やめて怖い。お前自分のタッパ考えろ。
でも少しして、ふっと笑った。
笑ってとんでもない爆弾を俺に投げ付けた。


「中学の時、お前と対戦したことを覚えているのだよ」


………俺は。
俺は「ぎょぐえっ!?」というわけわかんない奇声発して飛びのいた。

(何で!?明らかに覚えてなかっただろお前!!嘘だろ!?)

「覚えているというより、思い出しただな。普通は俺が……いや、俺だけではない。キセキの世代がコートに入った途端、大概の選手はやる気を無くす。青峰がくさった理由がそれだ。だがお前は、お前だけは最後まで俺に食らいついてきた。最後まで意地汚くボールにしがみつき続けた。――久しぶりに、本気で戦いたいと思った選手だった」

ちょっと待て何だこの怒涛のデレ。高尾君の脳内処理が追いつきません。
とりあえず拾えた言葉にだけ返事をしていく。

「なら、なんで、忘れたの」
「お前が変わっていたからだ」

変わっていた?俺が?

「試合をした時のお前は、良くも悪くも勝ちしか見えていなかった。自分のパスがチームメイトにとれないものであることにまるで気が付いていないプレイは、一人で空回っていると評するには十分だった」

それに関して高尾に反論出来る言葉はない。引退後、チームメイトに詰られたことだ。

『俺たちにはお前のような技術はない』

「高尾、お前はあのチームの中で突出し過ぎていたのだよ。お前に追いつくだけの技術も気概も、お前のチームメイトは持ち合わせていなかった。――そしてお前も、そのことに気が付いていなかった。だからお前一人が空回り、お前のバスケは、空虚なものだった」

心が痛い。真ちゃんマジ容赦なく刺してくるから。

「だが秀徳に入り、再びお前に会った時、お前は生き生きしていた。初めて自分と並ぶ才能の持ち主たちと出会い、無駄な焦りや警戒心が削ぎ落とされた。だから俺は『高尾和成』と『かつて試合したチームのエース』が繋がらなかったのだよ」
「……なら」

なら、いつ気付いたの。
真ちゃんはあっさり答えた。

「黒子たちに負けた後だ」

あの雨の中で。
真ちゃんは気付いたそうだ。

「昔、その時の俺のように自分の力を過信し、周りを見ずに空回っていた奴がいたなと。あいつは自分の才能を生かし切れるところに進学したのだろうかと考えていたらお前が来て、突然気が付いたのだよ」

真ちゃんはまた笑った。

「高尾」
「何、真ちゃん」
「高尾」

あれ?真ちゃんいつの間に吐き気治まってたの?
真っ直ぐな視線が俺を射抜く。
綺麗な濃緑。澄んだ瞳。

「お前の中学時代の敗因は、お前のパスを拾える選手がいなかったことだ。いくらパスを出してもそれを拾ってもらわなくては得点にはならない」
「……うん」
「だから、俺が拾う」

単純明快なまでに言い切られた台詞が俺の耳に届くまで、五秒くらいかかった。

「………え?」
「お前が出したパスは全部俺が拾う。だからお前は手加減など考えずにただ俺に向かってパスを出せ。お前のパスを俺が得点に――勝利に繋いでやる」

待って。
待ってよ、真ちゃん。
さっきのが怒涛のデレとか言ってごめんこれデレのレベル越えてる。
これは――


「一度しか言わん。よく聞け。

お前は俺にとって最高のPGで、赤司に勝つためにはお前の力が必要だ。
くだくだ悩むな。

黙って俺について来い」


―――ああ、畜生。
真ちゃんに。あの真ちゃんにこんなこと言われて、誰が「NO」を言えるわけ!?


「一生着いていくぜ、エース様!」


「ならばさっさと練習に戻るのだよ」なんて言って今度こそ体育館に向かって歩き出した真ちゃんの背中を見ながら。
こっそりユニフォームの裾で目元を擦ったのは内緒だかんな!








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