短編 | ナノ

 黒緑

(黒緑)

※帝光時代



無造作に首を曲げると、ごきりと嫌な音が鳴った。見事に凝り固まっている。最近委員会の仕事に忙殺されて部活に顔を出していない報いだろう。安易に委員長など引き受けるのではなかったと、緑間は山積みの書類を前にため息をついた。
緑間の所属する文化祭実行委員は、先月行われた文化祭の後始末をするのに文化祭が終わった翌日から各所を走り回る羽目に陥っていた。準備の段階は良いのだ。大体の指揮をとるのは生徒会だし生徒も協力を惜しまない。問題はこの後始末というやつなのだ。私立である帝光中は祭りの規模も大きく出店の収益も目玉の飛び出るような金額を記録する。今月末に控えた県内中学生徒会合同会議の準備に忙しい生徒会はアテにできず、片付けとなると途端に面倒臭がる中学生が素直に協力してくれるわけもない。よって文化祭実行委員は半泣きになりながらも各部活・クラスから決済書をもぎ取り、まだ片付いていない出店の残骸の撤去要請を出し、と忙しなく働き詰めになっているのだった。
今年はバスケ部が女装喫茶でとんでもない収益をあげたせいか例年以上に段取りに手間取り、決して本人には聞かせられない赤司への呪詛をぶつぶつ漏らしながら緑間が実行委員用に使っている選択教室に引きこもるようになってからもう一週間が経過する。朝と放課後だけとはいえ当然部活には出られないし、委員長しか決済のはんこが捺せないので実行委員の仕事が片付けば片付く程緑間の負担が増えるのだ。もうやだ部活したい、と彼にしては珍しい泣き声を漏らしたのは多分三日前だった。
「緑間君!追加書類!」
「……そこに置いておくのだよ」
「お疲れ様。これでラストだから、あと少し頑張ろう」
書類にかじりつきの緑間に代わって各委員に指示を出してくれていた副委員長の言葉に思わず頬が緩む。書類の量を確認し、これなら今日中に方がつくと判断すると緑間は彼女を帰途に就かせた。時刻はそろそろ午後八時を回ろうとしており、女子生徒が残っていて良い時間帯をとっくに過ぎている。
緑間を気遣いながらも彼女が帰ると、教室は途端に閑散とした雰囲気に包まれた。帝光中の下校時刻は午後九時、まあ大体は十時まで残っていてもあまり咎められることはないがそこまでして学校に居たがる人間もあまりいない。現に下校時刻までまだ一時間程度あるにも関わらず校内からはほとんど人の声はせず、バスケ部も活動を終えているのだろうと緑間はぼんやり考えた。明日からは部活に参加できる旨を赤司にメールしておかねば。
半ば意識を朦朧とさせながら機械的に書類をめくっていたのがいけなかったのか。緑間の手からするりと逃げ出した紙切れが入口に向かって飛んでいく。もはや拾いに行く気力もなく、むしろ癇癪でも起こしたいような衝動に駆られながら緑間は頭を抱えた。もう嫌だ帰りたいバスケしたい赤司に青峰に黄瀬に紫原に黒子に会いたい。
「……皆に、会いたいのだよ……」
部活に行かないせいでキセキの面々にしばらく会っていない。唯一教室で会える青峰はいつもさぼっているし。昼休みも仕事で一緒に弁当を食べれないし。そう考えると何やらじわじわ込み上げてきて、緑間は俯いた。たかだか一週間会っていないだけでこんなになるとは、思った以上に疲れているようだ。
「会いたい、のだよ……」
小さく呟いて、でも誰の返事は求めていなかった。当たり前だ。この教室には緑間しかいないのだから。
なのに。
「はい、僕も君に会いたかったです」
――などという返事が返ってきて。
「―――黒子っ!?」
緑間は仰天のあまり椅子から滑り落ちた。先程彼が飛ばし書類を拾って机の上に戻し、制服姿の黒子が爽やかに微笑む(といっても長年の付き合いからきっとそんな感情があるのだろうと判断しただけであって、黒子の表情は相も変わらず無に等しかったが)。
「部活が終わって帰ろうとしたらまだこの教室に電気が着いていたので。君が残っているのかと思って来てみました」
ビンゴでしたと得意げな黒子に何故かほっとする。爆発しかけていた癇癪も綺麗さっぱり鳴りを潜め、緑間は安堵の吐息を零した。
「まだ終わりそうにありませんか?」
「いや、今日中には方がつだろう。明日から部活に戻るのだよ」
「それは良かったです。君がいないと青峰君はすぐにサボりますし黄瀬君はうるさいですし紫原君はお菓子散らかしますし赤司君は頭良すぎて僕らには支離滅裂ですし、とにかく大変だったんですよ、この一週間」
どういう風の吹き回しか、黒子は珍しく饒舌にこの一週間のことを語っていく。その低く透き通った声をBGMに、緑間はテキパキと書類を片付けていった。話を聞いていないわけではない。ただ、落ち着くのだ。
黒子の傍は落ち着く。神経がささくれ立っている時、鬱屈した思いを抱えている時、黒子の姿を見るとすうっと落ち着くのを感じる。本人に告げるつもりは毛頭ないが、黒子と二人で読書をして過ごす時間は緑間の一等のお気に入りだ。
穏やかな心持ちで書類と向かい合いながら、これは終わる完璧に終わると緑間が確信した時、黒子が声を上げた。
「そういえば本題忘れてました」
「本題?」
「はい。緑間君、ちょっと口を開けて下さい」
言われるまま素直に口を開く。子犬に餌付けでもするかのような仕草で黒子はそこにポッキーを放り込んだ。
「疲れた時には甘い物、がセオリーですから」
しゃくしゃくしゃくしゃくと器用にも手を使わずポッキーをかじる姿はまるでハムスターか何かのようだ。でかい図体でそんな食べ方しないで下さい可愛いから!と口に出さないだけの分別はまだ黒子に残されていた。代わりに美味しいですか?と聞くと素直に頷きが一つ。一週間の隔離生活(といっても過言ではない)におかれていたせいかいつもよりデレが九割増しだ。
試しに黒子がもう一本緑間の口元に持って行くと、彼は躊躇いもせずにパクリと食いついた。何だかなかなか懐かない猫に餌付けをしている気分に陥る。普段の行動を鑑みると、あながち間違ってもいないあたりが緑間が緑間たる所以だが。
それにしてもあの彼がこんなにも素直になるなんて、この一週間は余程寂しかったらしい。明日からしばらくは思いっ切り構ってあげなければなるまい。
もっと寄越せ、と視線で要求する緑間に抑え切れない笑みを零しながら、黒子は新しい一本をその唇に押し当てた。





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ところでこいつら付き合ってないんですがどうしましょう






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