短編 | ナノ

 黄緑

(黄緑)

※お付き合いしている二人は大学生になって同棲を始めたようです



その日、緑間は書きかけのレポートを放置してテレビの前に座っていた。
「相変わらず無駄にイケメンなのだよ……」
新聞を見て合わせたチャンネルでは、若手俳優たちがベテランお笑い芸人にいじられながらトークを繰り広げるという番組が放映されている。生放送なので思わぬ暴露話が出てきたりして、なかなかに人気があるらしい。何事にも人事を尽くし、途中で投げ出すことなど有り得ない緑間がこのような行動に出ているのは、この番組に恋人の黄瀬涼太が出演するためにほかならなかった。
大学生になってモデルから俳優に転向した彼は、そのルックスと飲み込みの良さで現在人気絶頂の売れっ子俳優として名を馳せている。演技の研究もあり出ている番組は出来るだけリアルタイムで緑間と共に見て、ああだこうだと議論を戦わせたりするのだが、生放送はそうはいかない。そういう時は大体緑間一人がその番組を見て後から黄瀬に気づいたことを色々言うようにしている。
今日も「九時から放送なんでお願いするッス!」と手を合わせて頼んできた黄瀬を適当にあしらい、緑間はメモ帳片手にテレビ越しの姿をじっと見つめていた。
しばらく他の俳優の話が続いた後、緑間も知っている中堅芸人が黄瀬に話をふる。
『じゃあここで皆気になる黄瀬君のレンアイ話でもしましょっか!』
その瞬間、目に見えてぎくりとした恋人に緑間は軽くため息をついた。この程度で動揺するようではまだまだ甘い。
チャラい見た目に反して、黄瀬には浮いた噂一つない。(なんせ彼は同姓である緑間にべた惚れだ)そんな彼の恋人の座を狙う女性はそれこそ星の数程で、しかし誰もその鉄壁のガードを崩せないことから一般人の本命がいるのではないかともっぱらの噂になっている。もしかしたらその話が聞けるのではないか、と誰もが期待していることは明らかだった。
その意図を寸分狂わず読み取った黄瀬は、話をふられた瞬間こそうろたえたもののあとは手慣れた様子で当たり障りのない答えで話をはぐらかして別の話題に持っていっていた。伊達に中学の時から人には言えない恋に身をやつしていたわけではない。緑間もだが、恋愛話のはぐらかし方なら得意分野だ。
さすがにベテラン芸人は黄瀬があからさまにこの話題を避けていると気付いているようだ。しかし幸いというか、何も言わずにそのまま次の話題――ポッキーの日にちなんでポッキーにまつわる思い出話――にうまく皆を誘導してくれている。これも人懐っこい黄瀬を可愛がっているからであり、あの犬みたいな性格が吉と出た結果だろう。
―――そう思っていた時期が私にもありました。



その光景を見た瞬間、緑間は不機嫌を隠しもせずにテレビの電源を落とした。次いで玄関に向かい、扉に鍵がかかっていることを確認する。ご丁寧にチェーンロックまでかける念の入れようだ。そしてリビングに戻って不貞寝決行。
打ち上げも反省会もすべてすっぽかして、近年稀に見るスピードで黄瀬が帰宅したのはそれから約30分後のことだった。
「……緑間っち」
鍵を開けたは良いがチェーンロックに邪魔されて部屋に入れない黄瀬はしょぼくれた声で緑間を呼ぶ。
「開けて下さいッス」
「嫌なのだよ」
「緑間っち」
「嫌と言ったら嫌なのだよ」
リビングのソファで毛布を被って丸くなっている緑間の声は、鼻風邪でも引いたようにくぐもっている。けれどそれが風邪の類でないことは黄瀬もよく分かっていた。
言い訳が許されるなら、あんなことをするつもりはなかったのだ。
ただ、ポッキーの日と言えばポッキーゲームだよな!とベテラン芸人に言われ。じゃあ黄瀬君とマヤちゃんにやってもらおうか!と指名された瞬間、黄瀬は嵌められたことに気が付いた。ここで次の連続ドラマの共演者であり、人気絶頂アイドルの高見マヤの相手を断れば本命がいるということにされてしまう。今度は口を割るまで追及されるだろう。かといってマヤの相手を引き受ければ本命がいないフリーの状態であるとされ、恋人を作らない理由やら恋愛遍歴やらあれやこれやと突っ込まれるに違いない。どっちにしろ先程の話は流れることはない。ベテラン芸人を甘く見すぎていた、と黄瀬は肩を落とした。
ちらりと視線だけでマネージャーを窺うと、満面の笑みでGOサイン。そりゃあ番宣にもなりますからねぇ、と黄瀬はやややさぐれた。金を貰って出演しているのだ、まさかここでこの指示を無視するわけにもいかない。
黄瀬は腹を決めると、ポッキーをくわえてマヤと向かい合った。期間限定のカフェオレ味はほろ苦くて結構好きだったが、この状況では味わう余裕などありはしない。頭の中は帰ってからどうやって緑間の機嫌をとるかということでいっぱいだ。
多分、それがいけなかったのだろう。
ポッキーの長さが半分くらいになり、黄瀬が顔を引こうとした瞬間マヤが一気に距離を近づけた。は、と思う隙もなく唇に柔らかい感触。
―――キス、された。
そう知覚するより先に思いっ切り彼女を突き飛ばした。ふざけるな、と怒声が出なかったのは別に自制心が働いたからではない。これを見た緑間がどう思うか考えて血の気が引いたからだ。嫌われるとか怒られるとかの次元ではない。
泣く。
気丈に振る舞っているように見えて黄瀬が女優とラブシーンを演じているのを見るたび不安そうな顔をする彼は、間違いなくショックを受けるだろう。その綺麗な翡翠の瞳に透明な雫を溜めて、一人で丸まっているのだろう。自分たちに破局が訪れる悪夢を見た翌日の朝のように。
今すぐ帰って謝りたかった。本意ではないのだと、自分が愛しているのは緑間だけだと言って彼を安心させたかった。しかし自分のために黄瀬が仕事を放り出したと知れば緑間は余計に悲しむだろう。黄瀬は拳を握り締めると、テレビでは見せたことのない険しい表情で与えられた席に戻った。
それから番組が終了するまでの15分間はぎくしゃくした雰囲気で過ぎていった。さしものベテラン芸人もやり過ぎたと思ったのか黄瀬の反応に突っ込むことはなく、黄瀬も表情の剣呑さこそ引っ込めたがいつものような輝く笑顔を見せることはしなかった。終了の合図が出た瞬間、隣に座っていた若手芸人がほっと安堵の息をついたくらいである。
そして当人の黄瀬はと言えば、共演者の謝罪もマネージャーのお小言もまるで耳に入れず、バイクをすっ飛ばして緑間の待つ自宅へと帰ってきたのである。
「緑間っち、話聞いて下さいッス」
「断る」
「事故だったんッスよ。少なくとも俺はあんなことするつもりなかったんス。緑間っち以外とあんなことするなんて考えたくもない、気持ち悪い。俺が愛してるのは緑間っちだけッス」
「………うるさい」
「信じて下さい緑間っち。それが駄目なら、お願い、泣かないで」
膝をついてがばりと頭を下げる。いわゆる土下座の体勢だ。こんな姿パパラッチに撮られたらそれこそ俳優生命の危機だが、大切な恋人を泣かせてまでしがみつきたい仕事だとも思わない。
冷たい床に頭をつけて、どれくらい経っただろうか。
がちゃりとチェーンが外される音に顔を上げると、目元を赤く染めた緑間が仏頂面で立っていた。そのあからさまに不機嫌オーラを放つ身体を勢い良く抱きしめ、ごめんなさい、不安にさせてごめんなさい、泣かせてごめんなさいと黄瀬は謝罪を繰り返す。緑間は黙ってその背中に腕を回すと、肩口に顔を埋めてすんと鼻を鳴らした。





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初々しい黄緑ちゃん下さい。
こらそこ、ポッキー関係ないとか言わない。





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