短編 | ナノ

 イミテーションクレイジー

天気の悪い日が続く最近では、珍しいくらいに綺麗に晴れた夜だった。
「いやー、ほんとあれっすね、月が綺麗ですね!」
「キモい」
「死ね」
「即答!?」
エナメルバッグをぶんぶん振り回しながら上機嫌でべらべら喋る高尾を宮地と緑間が容赦なく殴る。隣を歩く大坪と木村が生暖かい目で距離をとった。最近日が短くなり、午後九時過ぎとなれば周囲は濃紺の闇に包まれている。そんな中でこんなくだらない騒ぎに混ざって不審者扱いされるのはまっぴらごめんだ。
普通この面子で帰ることはまずないのだが、今日は事情が違った。何が違ったかと言えばただ一つ、緑間のおは朝の運勢が最下位だったのだ。
占いの順位が最下位だった日の緑間はやばい。とにかくやばい。ラッキーアイテムを持っていようが持っていまいがお構い無しに不幸が降り注ぐ。朝練と放課後にしか会っていない大坪たちでさえ、外周に行ったら何故か掘られていた落とし穴に落ちたとか用事があってギャラリーに上ったらバレーボールの直撃を受けてたまたま開いていた窓から落ちかけたとか水道に行ったら近くに巣を作っていたスズメバチの大群に襲われかけたとか、とにかく洒落にならないような不運を目の当たりにしているのだ。常に行動を共にしている高尾に言わせれば「放課後まで真ちゃんが生きてて良かった、本当に良かった」くらいの不幸っぷりだ。当初は事態を静観していた中谷も誰もいないはずの場所から飛んできたボールが緑間に直撃し、危うく顔面からガラスに突っ込みそうになった(隣にいた宮地が血相を変えて抱き留めて事なきを得た)あたりから顔色が悪くなり、最終的には練習終了後に緑間を自宅まで送り届けることをスタメンに命じた。このままでは翌日緑間の葬儀に出る羽目になりかねないという判断の下での決定であり、宮地でさえ文句一つ言わずに従った。言えることは、おは朝怖いマジ怖いくらいだ。
そんないきさつで緑間を囲むように歩きながら、宮地は小さくため息をついた。
別に緑間を送ること自体に異論はないのだ。生意気だろうが可愛い後輩、危ない目に遭っているなら助けてやるのが先輩の務めだろう。
問題は、今現在その「危ない目」が着々と自分たちに近づいてきていることだった。
「緑間ぁ」
高尾に肩を組まれて露骨に嫌そうな顔をしている緑間にさりげなく近寄る。
「お前さあ、今日俺ん家に泊まらねえ?」
そう提案すれば、「……はあ」と生返事が返ってきた。真面目に聞けよ轢く……轢かない。絶対轢かない。先程冗談交じりで「轢くぞ」と言った瞬間、緑間の鼻先を大型トラックが掠めていった恐怖は一生忘れない。
「宮地サン、どーゆー風の吹き回しですか?はっ、ついに宮地サンも真ちゃんの可愛さに目覚めいてっ」
「死ね」
「くたばるのだよ」
いちいち茶化さなければ死んでしまう病気にでもかかっているらしい高尾にきっつい一撃をかまし、宮地は緑間を窺う。表情の読めない瞳をアンダーリムの眼鏡で隠し、緑間は呟いた。


「もう、手遅れです」


その瞬間、宮地の背を何かが這うような生暖かい感触が襲う。大坪たちを巻き込んだ不甲斐なさと緑間を本日最大の危機から逃し切れなかった苛立ちから舌打ちを一つ零し、宮地は両腕を振るった。
こうなったら、なりふり構わず迅速に始末するしかない。
「どこにいる!来るならとっとと来やがれ!」
それが何かわからずとも、不穏な気配だけは感じているらしい。試合中でもなかなかお目にかかれない険しい表情をしたチームメイトを背に庇い、宮地は目の前の暗闇をねめつける。一見すると何もないように見える深い黒から、とふ、とふ、という足音と表するには奇妙な音が響いた。
「………あ」
嫌な予感にかられ、宮地は恐る恐る浮かんだ疑問を言葉にする。
「……今日って、何月何日だ?」
「10月31日。……ハロウィーンです」
冗談じゃねえ勘弁しろ。
宮地が思わず頭を抱えた瞬間、それは彼らの前にはっきり姿を現した。
吊り上がった空洞の目と閉じられることのない口。昼間ならさぞかし滑稽に見えるだろうその表情は、内部から発する薄オレンジの光に照らされた今ではどう頑張っても薄気味悪いものにしかなりえない。奇妙に空疎な音を立てる身体は白い布。その上にあからさまに重力を無視して鎮座しているのはお煮付けのお友達、冬至の日には喜んで食べるができれば今は見たくなかったオレンジ色の野菜――南瓜である。悪いが日本の南瓜は皮が緑なんだ。オレンジ色の南瓜さんはアメリカなりなんなりにお帰り下さいいやマジで。
宮地がよりによって今日という日に蟹座最下位をたたき出したおは朝に呪詛を送る勢いで現実逃避に勤しんでいると、高尾が間の抜けた声でそれの名前を呼ばわった。
「ジャックランタン……?」
輝かしいまでの月明かりに照らされ、頭部だけが異様に膨らんだそれはゆっくりと緑間に視線を定める。
10月31日――ハロウィンの主役とも言える彼もしくは彼女、大雑把な括りに入れて良いのならばモンスターであるジャックランタンは、甲高い嗤い声を上げた。




(→)






prev|next

back

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -