短編 | ナノ

 純潔スターダスト


その日は朝から最悪だった。
朝練に行く途中でチャリがパンクして遅刻。授業では毎時間当てられるし、購買のパンは売り切れ。さらに放課後の部活では些細なミスが目立って大坪にさりげなく帰宅命令出される始末。
最悪だ、マジで。






何回目かのシュートを外し、いい加減に苛立ちだけが募って乱暴にベンチに腰を下ろした。

「宮地」

付き合いの長い木村が怪訝そうにこちらを見てくる。
そりゃそうだよな、こんなに調子が悪いのなんて一年の、ベンチにさえ入れてもらえなかった時でさえなかった。何だってんだよこんちくしょう。轢くぞ。何をだ。

「あー……帰るかなあ」

これ以上ここにいても今日はどうにもならなさそうだった。むしろミニゲームで仲間の足を引っ張りかねない。こんな日もあるだろ、帰って寝てまた明日頑張りゃ良い。
そう決めて立ち上がろうとした瞬間、予想外の声が聞こえて俺はまた座る羽目になった。

「帰るのですか」

ドリンクを片手に不思議そうに俺を見下ろしている奴。俺が立っても見下ろされる長身に左手のテーピング、緑の髪のいけ好かない後輩。

「先輩、帰るのですか」

高尾と他の一年と組んで二年レギュラー相手のミニゲームを終えたらしい緑間が、汗を拭いもせずに目の前に立っていた。
てか高尾がいるとは言えお荷物三人も抱えて二年に勝っときながら涼しい顔してんじゃねえよ、轢くぞ木村の軽トラで。

「……帰っちゃ悪いか」
「いえ。ただ珍しいと思って。……調子が悪いのですか」

………こいつはさあ。
大坪でさえ気を遣って言わなかったことをズバッと。もう一刀両断の勢いで言いやがって、

「分かった喧嘩売ってんだな言い値で買ってやろうじゃねえか木村軽トラ貸せ!!」
「落ち着け」

今度こそ立ち上がって緑間の胸倉を掴むと木村に軽くいなされた。ちくしょう離せ。
肝心の緑間はと言えばキョトンとした顔をしている。あーあーこういう奴だよこいつは!ほんっとムカつくな!

「……先輩、」
「あー、真ちゃんミニゲームやろうぜ!今度は俺敵チーム行くからさ!」

さらにまだ何か言ってきやがろうとする緑間を慌てて高尾が引っ張った。緑間にそれ以上言わせないだめだろう、たりめーだ一年に心配されるほど落ちちゃいねーっつの。


だっつーのにあの馬鹿は。


「無理はしすぎない方が良いと思います。疲れているのではないですか?今日はゆっくり休んだ方が良いのでは」


頭に血が昇った。
正論だ。どっからも反論する余地なんてねえし、こいつにしちゃ珍しいくらいストレートな物言いで、俺のことを心配(!)してるらしいことだってちゃんと伝わってくる。
ただそれを言ったのが緑間だってことと、朝から溜まっていた鬱憤が俺をやけに苛立たせた。

「うるせえよ!てめぇに言われなくたってそれくらい分かってるっつーの!!一年坊主はまず自分のこと気にしてろや!それともあれか?自分はもう完璧だから先輩にも口出そうってのか?」

ヤバいヤバいヤバい。
これ以上は言っちゃヤバい。
大坪と木村が血相を変えている。
分かってる。
これ以上はただの八つ当たりだ。緑間には何の非もない、俺の鬱憤晴らしだ。
分かっているのに、止まらない。


「流石キセキ様、傲慢だな!それだから俺はお前が大っ嫌いなんだよ!」


言い放ってから後悔した。
高尾の表情が険悪に歪む。宮地サン、と低い声が俺を呼んだ瞬間、緑間が呟いた。

「知っていました」

いつも真っ直ぐ向いている視線が床をさまよっている。

「宮地先輩が俺を嫌いだということは、知っていました。仕方ないとも思っていました。今更この性格は直せませんから」

でも、と続いた言葉の弱々しさを俺は知らない。
いつだって自信に満ち溢れていて、傲慢な、何度轢くぞと言っても飄々としているエース様のこんな声は、



「俺は先輩が好きです」



「キセキの世代の緑間」ではなく、ただの一年として扱ってくれた人は貴方が初めてだったから。
だから俺は、貴方が思っているより、貴方のことを、

そこに続く言葉が何だったかは俺には分からない。
伏せられた瞳と、震えた指先が酷く胸に突き刺さって。

「っ……失礼します!」

ドリンクを乱暴に置いて走り去る背中を呆然と見送るしか出来なかった。












高尾が緑間の後を追って行った後、大坪にドリンクを投げ渡された。

「今のはお前が悪い。緑間は純粋に、尊敬する先輩の不調を心配しただけだろう」
「…………尊敬?」
「お前も大概鈍感だな」

そのドリンク見てみろよ、と促されてボトルの蓋を開ける。

「緑間はな、お前が思っている以上にお前のことを先輩として、一人のバスケプレイヤーとして、」

尊敬しているぞ。

うっせえなちくしょう。分かってるよ。っつーか、これ見て分からなかったら鈍感通り越して馬鹿だろうが。
高濃度のプロテイン入りドリンク。滅多に提供されることはないが(練習試合の時とかしか飲めねえ)、俺のお気に入り。
健康志向の高い緑間は手をつけない、そんなドリンク。

「たまにしか飲んでねえのにお前が気に入ってるのに気づくくらいには、あいつはお前のことを見ている。……後は、やること分かってるだろ?」

高尾が戻ってきた。緑間のこと見つけらんなかったみてえだな。

「……うっせえ、轢くぞ」

言い捨てて俺は体育館を飛び出した。












ようやく緑間を見つけられたのは、もう部活も終わりそうな時間だった。
奴は粗方の予想を裏切って、三年の、俺の教室に居やがった。

「………」

いや、高尾が見つけらんなかったっつーくらいだから体育館周辺にはいねえと思ったが。
何故そこで俺の教室をセレクトしたんだおい。しかも隅っこでうずくまって寝てんじゃねーか。轢くぞこら。

「おいこらてめー緑間。何こんなとこで寝てんだ」

肩を小突いてやると、緑間は簡単に顔を上げた。

「………せんぱい?」

寝ぼけ眼な奴の、目の縁が僅かに赤くなっているのを見て心臓が嫌な音を上げて軋む。

泣いたのか。
他人からの評価なんて道端に落ちている小石くらいにしか思っていないお前が、一人でうずくまって泣いていたのか。
泣きつかれて眠ってしまうくらいに泣いたのか。

緑間はしばらく何も言わない俺をぼんやり見つめていたが、ハッとして立ち上がった。

「部活……!」
「もう終わってる」

言わなくちゃならねえ。
先程の言葉はただの八つ当たりだったのだと。

何だかんだ言ったって、緑間は大事な後輩だ。少なくとも一年スタメン入りを妬む一・二年の馬鹿共をたたきのめしてやるくらいには大事にしてるつもりだ。いらつくことは山ほどだが、間違っても嫌っちゃいねえんだ。

だってよ、ムカつくことに奴は天才なんかじゃねえんだ。

緑間が入部してから、俺と木村だけだった自主練に緑色が加わった。俺たちに並ぶかのように、むしろ俺たち以上に毎日毎日リングに向かう姿を俺たちはちゃんと見てきた。
もし奴が天才だと言うのならば、それはきっと努力の天才なのだ。

「緑間」
「…………すみません」

何を勘違いしたのか謝ってくる緑間に舌打ち一つ。何でてめぇは今日に限ってんな素直なんだよ気色わりい。その素直さを今の俺に分けやがれ。

どうあがいても謝罪のフレーズが出てこない俺が捻り出した言葉は、

「自主練付き合え」
「…………は?」

ご自慢のポーカーフェースが崩れてるぞ。なかなか良い間抜け面すんじゃねえの。

「お前はシュート練がしたい、俺はパス練がしたい。だから俺がパスを出してお前がシュートする。分かったら行くぞ」

悪いが俺にはこれが精一杯だ。緑間が気付くにしろ気付かないにしろ、これ以上の言葉なんぞ出てきやしねえ。
緑間はしばらくぽかんとしていたが、いきなり表情を崩した。

「―――はい!」












何でそこで笑う。希少価値すぎる微笑みを何故浮かべる。しかも素直な返事すんじゃねえよお前は今だけ黄瀬でも乗り移ってんのか可愛すぎるんだよちくしょう。

脳裏に浮かんだ百万語は声にならないまま、バッシュの音に紛れていった。














ツンデレ×ツンデレぷまいです
第177Qの宮地先輩と緑間がイケメンすぎて頭パーンてなりました誰か宮緑下さい





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