短編 | ナノ

 2

何度目かになる老人との奇妙な逢瀬を終え、自宅への道を歩いていた緑間はケータイを見て頬を緩ませた。
届いたメールは高尾からのもので、仕事が一段落したから家に帰るという内容が記されている。ならば久しぶりに高尾の好物でも作るか、とスーパーに向けて進行方向を変えた時、それは目に入った。
一台のタクシーから露出の多い服を身に纏った若い女が降りてくる。そこまでは良い。
だが、その後に続いて降りたのは。

「今日は一緒にいてくれないのー?」
「悪いな、さすがに戻んないと疑われちまう」
「いいじゃん早くばらしちゃえばー。私早く堂々と付き合えるようになりたいよ」
「俺もだよ。だから今日帰って話つけてくるんだ。待っててくれ」
「本当に!?もー、大好きだよ!」

和成。

紡がれる名前に、会話に、緑間は呼吸も忘れて立ち止まった。
濃紺のスーツの上に薄茶のコートを羽織り、精悍とは言えないが愛嬌のある整った顔を女に寄せ、男は、高尾は囁く。

「愛してるよ、××」







はたしてどこをどう通って自宅まで帰り着いたものか。自分の名を呼ぶ高尾の声に我に返って顔を上げると、室内はとうに真っ暗になっていた。

「真ちゃんどうしたの?どこか痛い?病院行く?」
「高尾」

根がお人よしなのだ。こんな夜中に電気も点けず、黙ってうずくまっている緑間を心配した高尾は矢継ぎ早に問い掛ける。
だが今の緑間にとってはそれさえも空々しいものにしか聞こえなかった。

「別れよう」

すっぱりと言い放たれた言葉に高尾の表情が硬直する。だがすぐに事態を理解したのか、いつもと変わらぬ表情で緑間に問い掛けた。

「誰に聞いたの?」
「聞いてなどいない。見ただけだ」
「あちゃー。やっちゃったわ」

場所が悪かったかなー、でもあの辺って普段真ちゃん通んないよね?
悪びれもせずに言う高尾にいよいよもう駄目なのだと悟る。
高尾の、緑間が初めて恋をして恋をされた男の気持ちはもうここにはない。それは分かった。引き止めても無駄だということだって分かってる。
ただ、理由が知りたかった。彼が自分を見放した理由。いつの間にかすれ違ってしまっていた、その原因。
それを問うと高尾は困ったように笑った。

「別に嫌いになったわけじゃないんだよ。ただ、真ちゃんは一人でも生きて行けるだろ?でもあいつは駄目なんだ。俺が傍にいて面倒見てやらねーと」

ごめんな緑間。
今度はもっとお前のこと大事にしてくれる奴見つけろよ。
そう言って出て行った高尾の背中を緑間は黙って見送った。
涙も出なかった。

『真ちゃんは一人でも生きて行けるだろ?』

高尾に言われた言葉が頭の中をリフレインする。
お前が。
お前がそれを言うのか。
私を一人の世界から引きずり出したお前が、それを、

久しぶりに一人の世界に戻ったせいか思考はまとまりのないままあっちこちに飛んでいった。緑間の脳裏に浮かんだのは高尾と共にいた女の姿。若いと言っても多分同年代だ。ただ背が低い。ハイヒールを履いていても高尾より小さかった。そう、あの女はハイヒールを履いていた。自分が履くと高尾の身長を超えてしまうのでずっと我慢していた、赤いハイヒール。
そういえばあの老人は相当に背が高かった。例の老人が相席を頼んできた時のことを思いだして緑間は考える。あの高さなら緑間がハイヒールを履いても並べるだろう。そんなところにだって彼が、未来の緑間の恋人が高尾ではないことを示す証拠があったのに、気づかなかった自分に乾いた笑いが零れる。
そこではたと気付いた。

「じゃあ……あの人は誰なのだよ?」

高尾ではない。けれど確かに既視感、もっと言うならどこか懐かしいような感覚を緑間はあの老人に抱いていたのだ。つまり彼は、正確に言うなら現在の彼は緑間の知り合いなのである。
明日会ったら。緑間は覚悟を決めて左手を握りしめた。明日会ったら彼に聞こう。貴方は誰なのだと。私の生涯の伴侶は一体誰になるのだと。今まで未来を知ることを良しとしてこなかったが、いくらメンタルの強い緑間とてこのまま放置されたら鬱病一歩手前までいきかねない。打てる手は打つ。何事にも人事を尽くすのだ。






翌日の午後七時、勇んで喫茶店に向かった彼女を迎えたのはテーブルの上に載せられた白い封筒だけだった。






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