短編 | ナノ

 僕の知らない君のすべて


久しぶりの休日に、相棒の隣を歩く人物を見て火神は我が目を疑った。

「み………緑間……?」
「は?………火神っ!?」

道行く人すべてが振り返る美女が唇をわななかせて火神を指差す。
燦然たる美女オーラの隣にいるせいでミスディレできない黒子がバニラシェイクをすすりながらため息をついた。





お互いを苦手と言い張る黒子と緑間が二人で出掛けることは、実はそう珍しいことではなかった。

「緑間さんとは本の趣味が合いますからね。休みが被ると大体本屋に行きます」
「黒子の感想は的確なところをついてくるのだ。だから本屋に行った後カフェに入って以前買った本の感想を話し合うのだよ」

何それどこのカップル。
二人の行きつけだというカフェに連れ込まれ、事情説明を受けた火神は心の中でそう思った。そんな内心が見え見えなのか黒子がうんざりしたように火神を睨む。

「念のために断っておきますが、僕らお付き合いはしていませんからね。緑間さんにはちゃんと好きな人がいますから」
「ブッフォ!!」
「黒子熱っ!!!」

いきなり投げつけられた爆弾に、火神は盛大にカフェオレを噴出した。普段だったら「汚い」と絶対零度の視線を向けてくるであろう緑間は、動揺のあまりか口をつけていた紅茶を一気飲みしてしまい、火神とはまた別の理由でダメージを受けている。
爆弾投下の本人だけが呑気にスコーンをかじりながらほけほけ笑った。

「あ、これ秘密でしたね。すみません、緑間さん」

その瞬間、緑間の瞳に殺意がひらめくのを火神は見た。薄く涙が浮かんでいるのは紅茶の熱さのせいだけではない。
まあ大して親しくもない相手に自分が片思い真っ最中だと知られるのはあまり気分の良いことではないだろう。プライドの高い緑間なら、なおさら。

が、それとこれとは話が別である。

「黒子、その話詳しく」
「火神貴様っ……!」
「はい、緑間さんの片思いの相手はですね、」
「っ、黒子!」

女とは言えライバルと認めた相手の浮いた話に、火神は好奇心を剥き出しにして食いついた。基本的にノリの良い黒子も緑間の妨害をのらりくらりとかわしながら簡単に口を割ってくれる。

「緑間さんが恋をしたのは夏です。インハイ前後です」
「意外と長いな。てかキセキの連中じゃねえのか。バスケ関係の奴?」
「キセキは恋愛云々よりも家族愛って感じですからね。他校の同級生だそうですよ」
「黒子、いい加減にするのだよ!」

盛り上がってきたところで、ややフリーズ気味だった緑間が再び割って入った。その両手で文字通り黒子の口を塞いでこれ以上話させないつもりらしい。
その姿が何となく面白くなくて火神は緑間の右手をとった。

「そんなムキになって隠さなくても良いだろ。場合によっちゃ協力してやんぜ?ライバルっつっても俺とお前の仲なんだし、」

まあそう言う程の仲でもねーけどな!と笑い飛ばそうとした言葉は、途中で鋭い破裂音に遮られた。
音の発生場所は火神の右頬。原因は、綺麗にテーピングの巻かれた白い手。
平手打ちされたのだと気付いて火神が噛み付く前に、緑間の瞳から透明な雫が零れ落ちた。

「――――え」

ぼろぼろと無音でテーブルに染みを増やしていく彼女に、さしもの黒子でさえ驚愕の表情を見せる。

「遊び半分で関わるなら、ほっといて欲しいのだよ……!」

何とか絞り出すようにそれだけ言うと、緑間は火神の手を振り払って店を走り出た。
残された黒子が苦々しげに「性急すぎましたね……」と呟いているが火神には何のことだかさっぱり分からない。それよりもあの緑間が自分の前で涙を見せたことに驚くので手一杯だった。

「緑間って、泣くんだな……」

思わずそう口にすると黒子にいきなり強烈なイグナイトをかまされる。一瞬意識が吹っ飛んだ。

「火神君、君は緑間さんを何だと思ってるんですか?良いからさっさと彼女を追いかけて下さい」
「え、あ、俺?何で俺が――」
「そのパスは加速する――」
「行ってきます!!」

理不尽だ。





火神が外に出た時には、もう緑間の姿はまったく見えなかった。さすが女子でありながら男子バスケ部でエースを務めるだけある。とんだ脚力だ。
じゃあ緑間が行きそうなところは、と考えて火神は首を捻った。
何も思いつかない。
緑間が行きそうなところだとか、頼りそうな人だとか、手がかりになりそうな情報が何一つ思い浮かばないのだ。

緑間について知っていることを思い浮かべる。
まず、3Pシュートが上手いこと。
次に強さが突出しすぎているため公式戦以外は男子バスケ部でエースを務めていること。
あと高尾と仲が良いこと。
それからおは朝が好きなこと。
………以上。

「何の役にも立たねぇーーーー!!」

火神はあまりに緑間のプライベート情報が少なすぎることに愕然とした。あ、おしるこ好きなんだったか?でも、それだけ。少なくとも今現在の彼女の居場所を把握するために必要な情報は何一つとして得られていない。とりあえず高尾に連絡しようかとも思ったが、連絡先を知らなかった。

(そういや緑間の連絡先も知らねぇや)

本当に何も知らない。その事実に何故か打ちのめされた。自分の感情に整理がつかないまま、はぁ、と何度目かの溜息をついた時、それは火神の目を捕らえた。

「……緑間」

公園のベンチに膝を抱えて座り込んでいる背中。特徴的な緑の髪がさらさらと揺れている。
火神はとりあえず気付いたことを忠告しておいた。

「スカートで膝抱えんな馬鹿、下着見えんぞ」
「死ね」
「お、白のレースか」
「……!!!」

緑間は真っ赤になって勢い良く足を下ろした。分かってはいたが火神にデリカシーを求めてはいけない。一発殴るとマジバでのやり取りも忘れ拳を握る。だが火神はやんわりとその手を掴んだ。

「さっきは悪かったよ。確かにからかい半分だったけど、馬鹿にする気はなかったんだ。許してくれ」

緑間の表情から一気に毒気が抜ける。心の柔らかいところを一突きされたようなその顔に、火神の中の何かが騒いだ。

(そんな顔するのか)

知りたい。もっと。
何が好きで何が嫌いなのか。服の好み。友人関係。学校ではどんな感じで過ごしてるんだ?家族構成は?お前一人っ子っぽいよな。小学生の時とか、どんな子供だったんだ。
知りたいんだよ。
お前が魅せる、そのすべてを。

「っ――勝手なことを言うな!許すも何も別にお前に謝られるようなことはないのだよ!だから今日私と会ったことは忘れろ!!」
「あーうん」
「何だその返事は!人の話を聞いているのか?大体お前は――」

生返事をした火神に向かって緑間はきゃんきゃん説教を始めるが、当の本人はまるで聞いていない。自分の中に巣くう未知の感情を何とか整理しようとしているのに、緑間の声がやけに耳について集中できない。

(うるさい)

うるさい奴を黙らせるためにはどうしたら良い。
――簡単じゃないか。

「火神、お前話を――」

緑間の声が不自然に途切れた。





うるさい奴を黙らせたいなら、
口を塞いでやれば良い。





驚きのあまり半開きになっている唇から舌を侵入させれば、舌同士がすり合う感覚に背筋が震えた。

「んっ――ふぅ、」

逃げようとする頭を抱き込むようにして固定し、更に口内を荒らす。呼吸が上手く出来ないのかあえかな声を上げて抵抗する姿はダイレクトに下半身に響いたが、段々その新緑の瞳に力が入らなくなっているのに気付いて慌てて解放した。

「っ、はぁっ――」

案の定緑間は酸欠でくたりと火神に体をもたれさせ、ぎゅっと目を閉じた。上気した頬、目尻に浮かぶ涙と相まって凄絶な色気を放っていることに、きっと本人だけが気付いていない。
卑怯かもしれないが、チャンスだと思った。

「なあ緑間」

唇が触れ合うぎりぎりまで顔を近付ける。ぎょっとして見開かれた瞳一杯に自分の姿が映っていることに満足して薄く笑みをもらした。

「俺にしねえ?」

お前の気持ちに気付かない鈍感野郎なんかより俺の方がお前を大事に出来る。
ちょっと遠いけど同じ都内なんだからいつでも会いに来れるし。わがままだって聞いてやるよ。
だからさ、俺を選べよ。

「真音」

低く掠れた声で下の名を呼ばれ、緑間の顔に先程とは違う赤みが昇った。しかしこれはいける、と内心ガッツポーズを決めた瞬間、鋭い衝撃が再び火神を襲う。
ばちんっ、という風船を勢い良く叩き割った時のような音が公園中に響き渡った。

「―――っでえええええええ!!」

たかが平手、されど平手。バスケ部員、しかもエース様の力の強さを舐めてはいけない。しなやかに手首を捻らせて決まった一撃は、本日二度目ということもあって火神を撃沈させるには十分な威力を持っていた。
ぐうおおおと妙なうめき声を上げてうずくまる馬鹿を見下ろして緑間は冷ややかに言い放つ。

「私の気持ちに気付かない鈍感野郎が、調子に乗るのではないのだよ」

――――え。
その言葉の意味に気付いた時、頬の痛みも何も頭から吹っ飛んだ。

「おい待てよ緑間!」
「うるさい!ついて来るな!」

言いたいことだけ言ってさっさと歩き出した彼女の後を追えば、その耳が真っ赤に染まっているのがよく見える。相変わらず無意識の態度だけは素直なものだ。

「お前良いのか?俺、自分に都合の良いようにとるぞ!」
「良いも悪いもあるか!解釈くらい勝手にするのだよ!」
「ふーん」

緑間なりに精一杯の肯定の返事を受け取り、火神は一気に二人の間を縮める。このあたりはさすがに男女の差が明確につく。緑間はすっぽりと火神の腕の中に抱きしめられる形になり、猛然と抗議しようとした、が。

「―――ん」

ちゅ、ちゅと何度も火神の唇が落ちてくる。先程の呼吸すら奪われるような深いものではなく、ただ触れるだけのバードキス。

「――馬鹿め」

呆れにも似た優しい言葉を零し、緑間はその広い背中に両腕を回した。













「さて、赤司君に楽しいメールが送れそうですね」

ずここ、とテイクアウトのバニラシェイクを啜りながら呟いた黒子がいつからベンチに座っていたのか。すべては神のみぞ知る。













火緑ちゃんprpr






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