短編 | ナノ

 おまけ(青峰の話)


(青峰は結局まだ何とも向き合えていないって話)

ハーフタイムが始まった頃、オレンジ色のジャージ集団が視界の端に映った。

「緑間」

一番後ろを歩く見慣れた長身に声をかける。
振り返った顔を見てぎょっとした。

「青峰か」

そう言った緑間の目元は痛々しさを覚えるほど真っ赤に腫れ上がっていた。
泣いたのか、などと無粋なことを聞かないだけの気遣いは青峰にもある。だから代わりに「そんな目で試合見えんのかよ」と軽口を叩いた。
緑間はくつりと笑った。

「少なくとも、お前よりはな」
「ああ?」
「青峰、そして桃井」

何故俺たちの試合を見に来なかった?

鋭く切り込むような問い掛けに、青峰も桃井も言葉に詰まった。下手なごまかしを許されない雰囲気が緑間にはあった。
ぐ、と呻いた青峰を前に緑間は淡々と続ける。

「大方秀徳が負けると分かっていたから、というのが理由だろう。その通り、俺たちは負けた。だがな、青峰」

ひたりと見据えてくる瞳に奇妙な既視感を覚えた。

「俺たちはお前の知らないバスケをしたぞ」

―――――ああ。
これは、昔の自分たちだ。
ただ皆でするバスケが楽しかった。勝利を手に収めるのが嬉しかった。未来が希望で溢れていた。そんな頃の自分たちと同じ目だ。

「俺はお前たちに礼を言わねばならない。お前たちが俺たちの試合を見に来なかったおかげで、来年のインターハイでの秀徳の敵が一つ減った。この試合の情報を桃井が落としてくれたおかげで俺たちは頂点に近付いた」

いっそ傲岸なまでに。
奴は今隣にいる仲間たちとの未来を夢見て言葉を放つのだ。

「俺たちの試合を見に来ないでくれてありがとう」

そのまま緑間は身を翻して先に行った仲間を追った。だが二、三歩で振り返り口調もきつく爆弾を放る。

「いい加減に変化を恐れるのはやめるのだよ」

返す言葉は無かった。否、返す権利も無かった。
今度こそ遠ざかっていく背中を見送りながらずるずるとその場に座り込む。
そうだ、俺は変化が怖かった。黒子が、黄瀬が、緑間が変わっていくのを見て愕然とした。自分だけがその場で足踏みしているもどかしさを、置いていかれる恐ろしさを、目を逸らすことで無いものにしようとした。

桃井が心配そうに差し出す手を、青峰は力なく拒絶した。
緑間、お前、よーく分かってんじゃねえか。
テツに負けたっつーのに俺は、バスケにもチームメイトにも、自分自身にすら向き合うことが出来てねえ。お前の試合を見に来なかった理由なんざ簡単だよ。
変わったお前を見たくなかったんだ。

「カッコ悪ぃなあ」

ああ畜生、秀徳の試合、見に来ておけば良かった。
あの頑固で偏屈で、一番変化なんてもんと程遠い緑間を変えたチームメイトたちとの試合を、きちんと見ておけば良かった。

「カッコ悪ぃ」

けれどすべてはもう遅い。
今まで目を逸らし続けてきたツケは来年のインターハイでやって来る。

「……負けたくねぇのに、なぁ」

後悔はいつも、すべて終わった後にやって来るのだ。






秀徳はきっと大丈夫。また前に向かって進めるさ。






prev|next

back

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -