短編 | ナノ

 2

くずおれるようにしてベンチ座った後輩の姿に、大坪は涙で滲んだ視界を細めた。
二人とも変わったと思う。
高尾は、こんな時先輩に無駄に気を遣ってわざと明るく振る舞うタイプだった。そもそも、良くも悪くも飄々と、冷静に周囲を見ている彼が声が出なくなるほどに泣くなんてこと、想像できなかった。
想像できなかったと言えば緑間の方も相当だ。
あの緑間が。唯我独尊変人偏屈。エベレスト級のプライドを誇るエース様が、泣いた。負けを認め、悔しいと素直に口にし、人前で涙を流した。四月五月の自分が聞いたら絶対に信じなかっただろう。だが今それは現実として目の前にあり、ああ、緑間も悔しいよなと普通に受け入れている自分がいる。緑間が変わったように、自分たちも変わったのかもしれない。

「悔しい、な」

木村がぽつりと口にする。ますます高尾の涙腺が緩み、宮地のはとうとう決壊した。
悔しいな。同意した。最高の試合をしたし、あれ以上の力を出すことはきっと無理だっただろう。分かっている。けれど後悔だけはしきりだった。
もっと出来ることは無かったか。もっと、緑間を、俺たちのエースを生かしてやることは出来なかったのか。考えれば考えるほど後悔がぼろぼろ落ちてくる。
今だけ。
今だけで良いから、何も考えずに泣いていたかった。

だが我らが愛するエース様はそれさえ許してはくれないらしい。

「10分だけです」

あんまりにも唐突な時間制限に、出かけていた涙も引っ込んだ。

「……は?」
「誠凜と海常の試合はもう始まっています。だから、10分、1クォーター分だけ。そうしたら試合を見に行きましょう。どちらかが次の相手になることは間違いないのだから」

頭を鈍器でぶん殴られたような気がした。
そうだ、準決勝で敗北した俺たちにはまだ三位決定戦が残っている。まだ、次があるのだ。
緑間は既にその次を見ている。

「確かにこの試合で俺たちは負けました。ここで立ち止まるのは簡単です。俺と高尾は別にそれでも構わない。けれど、先輩は、先輩たちは違うでしょう。最後の試合がまだあるでしょう。このメンバーでの最後の試合が、先輩たちの高校バスケ最後の試合が!そのために誠凜と海常の試合を見に行くことは必須です。その努力を怠れば次の勝利など有り得ない。有り得ない、の、だよ」

緑間の瞳が俺たちを見回した。
まだ透明な雫が浮かぶ瞳。だが澱みはない、真っ直ぐに未来に向けられた深緑。

「俺は、まだ諦めたくない。ここで立ち止まりたくない。前に進みたい。先輩たちともう一度一緒にバスケがしたい。先輩たちから受け継いだ王者の誇りを、来年こそ、再来年こそ、この大会の頂点に輝かせたい。だから、」

だから、10分。
敗北を受け入れ、ただ泣くための時間を作ろう。
立ち上がり、また前に進むために。

まだ言い募ろうとする緑間の頭を強引に抱え込み、大坪は言葉を止めさせた。
ここから先は主将たる自分の仕事だ。

「みんな悔しいだろう。こうしていたら、ああしていたら。挙げだしたらキリがない。だがそれはこの10分ですべて吐き出せ。吐き出して、その涙も悔しさも、次に勝利を掴むためのバネにしろ。俺たちは秀徳高校バスケットボール部のスターティングメンバーなんだ。それくらい出来なくてどうする。そんなことも出来ないで、王者を名乗る資格などない!」

全員胸を張れ。
まだ俺たちは終わってはいない。
今日の痛みも悔しさも、忘れなくて良いんだ。そのまま明日へ連れていけ。悔しいと、悲しいと、声に出して泣けるうちは俺たちは前に進める。

「木村、宮地、高尾、緑間」

不安はない。根拠もないけど、自信はある。
俺たちは、まだまだ強くなれる。
最後の最後まで戦い続けることができる。

「お疲れ様。――次は、絶対に勝つぞ」

10分、開始だ。

真っ先に嗚咽を上げたのは宮地だった。次いで木村がぼろ泣きしだし、そんな二人にしがみついて高尾がおんおん泣き声を上げる。大坪の腕の中の長身が震え、呻くような緑間の声が響く。
声を上げて泣くという慣れないことをしているせいか、半分過呼吸を起こしかけているその背を撫でさすってやりながら大坪も涙を零した。
悔しさがあった。悲しみがあった。だがそれ以上に、緑間の成長が嬉しかった。奴がここまで変わるなんて誰が予想していただろうか。自分の悔しさも悲しさも飲み込んで、チームのために前を向く決意をするなんて。このチームでまた戦いたいと言うなんて。このチームを、自分たちが掲げた誇りを今度は頂点で掲げたいと思っているなんて。
彼にその変化をもたらしたのは、黒子との和解であり、高尾の存在であるのだろう。

ああ、願わくば。
願わくば、その一因に少しでも自分たちが関わっていますように。
秀徳というチームに来たことが緑間を変えたと、そう言うことが少しでも出来れば良い。この生意気で可愛くない愛する愛する後輩に何か残してやれていれば良い。
宥めるための手に力を込め、大坪も泣いた。


俺もなあ、もっともっとお前たちと一緒にバスケがしたかったよ。












10分経って控室の外に出ると、監督が立っていた。一人一人しっかり抱きしめ、「満点だ」と声をかけてくれた。
10分が20分になったのは、言うまでもない。







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