短編 | ナノ

 2

「黒子」

走り去って行く緑間の背をいつまでも眺め続けている相棒に、火神はやや控えめに声をかけた。
次の試合の開始が近づいている。
分かっているはずだというのに、黒子は動かず言葉を紡いだ。

「火神君、見てください」
「あ?」
「緑間君が、泣いています」

その言葉につられて黒子の視線の先を追う。
秀徳のメンバーに追いついた緑間は、勢いのまま主将の大坪に抱き着いて泣きじゃくっていた。涙を拭うことも嗚咽を堪えることもしない、平素の無表情さからは考えられないような泣きっぷりである。その顔はぐちゃぐちゃで、お世辞にも綺麗とは言いようがない。
けれど黒子は呟いた。

「綺麗です、とても」
「……ああ」

火神も素直に頷いた。もし今緑間を醜いという奴がいたらぶっ飛ばす。そう思う程度には緑間のぐしゃぐしゃな泣き顔が美しいと感じていた。
すると黒子が唐突に話題を変える。

「ねえ火神君。試合終了直後に、観戦していた他校生が言った台詞を君は聞きましたか?」
「あ?」
「『王者秀徳も堕ちたものだ』って」
「…………死ね脳足らず」
「同意見です」

黒子は、彼にしては珍しく相当腹を立てていた。
その発言はきっと、緑間を擁しながらも赤司に完膚無きまでにたたきのめされたことに対する揶揄の意味が多分に込められているのだろう。馬鹿かお前は。彼らの試合の何を見ていた。

あんなに美しい試合を、今まで見たことがない。

彼らは決して堕ちてなどいない。むしろその資質とプライドを、より一層輝かせたのだ。












ねえ青峰君、仲間のために己の信念を曲げる優しさを君は知らないのでしょう。
ねえ黄瀬君、無表情の仮面の下に隠された慟哭を君は知らないのでしょう。
ねえ紫原君、誰かのためにバスケをやる楽しさを君は知らないのでしょう
ねえ赤司君、がむしゃらにあがくことで得る美しさを君は知らないのでしょう。
ねえ緑間君、












「火神君」
「おう」
「絶対に勝ちましょう」
「当たり前だろ」

緑間と、彼につられたらしい高尾の泣き声を背景に二人は拳を合わせた。
託された想いを、その拳に載せて。






彼ら以上に尊い敗北をした人を私は見たことがありません。
最後まで戦い抜いた秀徳高校バスケットボール部のメンバーに敬意を表して。







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