短編 | ナノ

 彼は知らないだろう、

緑間真太郎は、基本的に何かに夢中になるということが少ない人間である。普段から努力を積み重ねていればその場でがむしゃらな真似をせずとも結果は出るのだ。出なかったのならばそれは努力が足りなかっただけのこと。試合中でさえそんなどこか第三者めいた雰囲気をまとっており、青峰も黄瀬も黒子も、彼のそんなところが苦手だった。
だが今なら。今の彼なら好きになれるかもしれない。
硬く強張った横顔を見上げ、黒子はそんなことを考えた。












秀徳高校の面々とすれ違う時、誰もが――あの火神でさえ気遣うようにうつむき、彼らの涙に濡れた表情を見ることを避けた。王者たるプライドを持つ彼らは、涙を見られることを決して良しとしないだろうから。案の定、あの高尾でさえ一言も発することなく誠凜の横を通り過ぎて行く。
そんな中、長身の彼だけが立ち止まってその名を呼んだ。

「黒子」
「――はい?」

まさか話し掛けられるとは思っておらず、黒子は怪訝そうな視線を緑間に向ける。
先輩方は気を遣ったのか火神を除いて立ち止まらない。秀徳のメンバーも先に進んでいる。
緑間はおもむろに口を開いた。

「無様だっただろう」

一言。たったそれだけ。彼にしては非常に珍しく、絞り出すようにそう吐いた。

「無様だっただろう。プライドも信念もかなぐり捨てて、地にはいつくばって戦って、それでも赤司に敵わずこのザマだ。何とみっともない」

これは紛れも無く緑間の本心なのだろう。この試合で彼は、中学時代のスタイルからは想像出来ないようながむしゃらなプレイを見せた。そしてそうしてまで挑んだ勝負に負けたのだ。その心境たるや、とてもではないが黒子に分かるはずがない。
だから黒子は、

「ええ、とても無様でしたよ」

そう、返した。

「地にはいつくばって、床を舐めて。みっともなくあがいて憐れみを覚える程がむしゃらに届かないボールを追い続けて」

火神が焦って口を挟もうとするが黒子は意にも介さない。
ただ真っ直ぐに、レンズの奥で揺れる深緑の瞳だけを見つめる。


「無様で愚かで憐れでみっともなくて――――とても、美しい試合でした」


そんな矛盾した物言いに、けれど緑間は両手で顔を覆ってうつむいた。
大事にテーピングの巻かれた左手が、誰が見ても分かるほど大きく震えている。ああ、こいつ俺と同じ高一なんだよな。火神は場違いにそんなことに気付かされた。

「黒子」

くぐもった、それでも芯を忘れていない声がリノリウムの床に落ちて跳ね返る。

「――――後は、頼んだのだよ」

黒子は静かに応えた。

「頼まれました」

秀徳高校バスケットボール部の冬が、終わった。






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