テニスコートにほど近い大木の前に見慣れた赤髪が佇んでいた。

「金ちゃん?」

テニスバッグを担いだまま声をかけると、しょぼくれていた後輩はパッと振り返った。

「謙也!」
「こないなところに突っ立ってどないしたん?はよ部活行かんと白石に叱られるで?」
「うう……」

「毒手」男の親友の名を口にすると金太郎はますますびくびくと小さな身体を強張らせる。
ややあって、平素の彼にはおよそ似つかわしくないような小さな声で言葉を紡いだ。

「ジャージがな……」
「うん?」
「ジャージがな、この木の上に引っ掛かってしもうたんや……」
「え」

謙也は思わず自分たちの身長の二倍はありそうな木のてっぺんを見上げる。かろうじて特徴的な黄色と緑のジャージが確認できた。

「こりゃまた……随分上の方に引っ掛かってもうたなあ」
「謙也……どないしよう……」

ジャージをなくしたなどと白石に知れたらどうなるか。金太郎は想像しただけで身体を震わせて涙目になっている。
一方謙也はこればかりは不可抗力だし、白石もそう怒りはしまいと思っていた。だがジャージの値段もそう安くはない。このまま放置するのも気が引けた。

「登ってとるには枝が細すぎるし……跳ぶしかないみたいやな」

謙也は担いでいたテニスバッグを下ろし、ほどほどの距離をとって走り出した。木の少し手前で、膝を屈めて一気にジャンプ!
伸ばした手はジャージの端っこを僅かに掠めた。

「くあー!惜しい!」

地団駄を踏んで悔しがる謙也を見て、金太郎も同じようにチャレンジする。だが結果は同じ。

「何で届かへんのー!?」
「金ちゃん、助走の距離もうちょい長くしてみよか」

二人揃って本気の顔つきで大木から距離をとる。
この時彼らの脳内からは、部活も怒ると怖い部長のこともすっかり抜け落ちていた。


「………そこの馬鹿二人は何をやっとるん?」

気付いた時には遅かった。
冷ややかなオーラを纏った我等が部長、白石がテニスラケット片手に謙也と金太郎を笑顔で睨みつけている。おおかた、いつまで経っても現れないレギュラー二人を捜しに来たのだろう。

「し……白石……」
「け、謙也は悪くないんや!ワイがジャージ木に引っ掛けてもうて……」
「ジャージ?」

金太郎が慌てて弁明すると、今にも手にしたラケットで謙也にボールを打ち込もうとしていた白石が、怪訝そうに視線を木の上に投げかけた。

「あそこに引っ掛かっとるジャージ、金ちゃんのなん?」
「おん……」

しょんぼりと答える金太郎を見て、白石はやれやれと首を振ってラケットを地面に置く。
そのまま軽く走り出し、軽快なステップで跳び上がると、ジャージの襟首辺りを掴んで華麗に着地した。

「次からは気いつけてな。ほな、俺は先に戻るからはよ来いや」

とったジャージを金太郎に私、すたすたと去って行く後ろ姿を唖然と見送る。

「……金ちゃん、行こか」
「おん」

うちの部長はやっぱ凄いなあ。
謙也は暢気にそう呟いた。






金ちゃんと謙也はただがむしゃらに跳ぶから、飛距離は稼げるけど物とったりは出来ない感じです。分かりづらい。






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