物覚えがとても悪い
ハイタッチの音が小さく響く。顔を見合わせて笑う私達に首を傾げたのはガムのお兄さんだった。注文したオムライスを一口咀嚼して、スプーンで私達を指した。行儀悪いよ。
「どした、お前ら」
「あ、いえ、何でもないです」
「んなこと言うなって。気になるだろー教えろよぃ」
「えーあーうーん」
「本当、私達の中での事なんで…」
「俺も知りたいなぁ。縁ちゃん、斎ちゃん、教えて」
「「はぁい」」
お花のお兄さんに言われたら答えなきゃいけない気分になるから不思議だ。何と言ったら良いのか、彼には逆らってはいけない。そんな気がする。
「あの、ですね。呼び方なんです、ただの」
「呼び方?」
「はい。名前を覚えるのがあまり得意じゃなくて、」
「あだ名を付けると言いますか、」
「まあ、そんな感じです」
目を泳がせ、段々と語尾が小さくなっていくのは仕方のない事だと言いたい。だって、皆の好奇の視線が全て向けられているのだから。そんなに大した理由でもないのに。
あだ名、と呟いたのは誰だったか。私達が好きに呼ぶ事なので彼らに何か有るわけでもないので、気にすることは何も無い。二人の間だけで呼ばれるのだから尚更だ。それでも、好奇心旺盛な節のあるガムのお兄さんには興味の対象だったらしく、どんなの、と目を輝かせた。
口を噤む斎の肩にはお花のお兄さんの手が。私にはマスターの手が、ふんわりと乗せられる。
ねえ、マスター。マスターは何でノートなんか持ってるの?書いておいてそのうちネタで使うとかそういうことなの?意外と黒いのね。
「ますたぁ…」
「精市がああでは、言うしかあるまい?」
「ですよねー」
「ほら、早く」
どことなく楽しそうに見えるお花のお兄さん達は、今まであだ名で呼んでくらたり、愛称で呼びあったりする人がいなかったんだろうか。私達達なんて沢山いるのに。ああ、でも男の子はそういうのは無さそうだ。
そう思いながら口にしたあだ名に、反応は三者三様。嬉しそうな顔をしたのはマスターと紳士なお兄さんくらいだった。ワカメ頭君に至っては半ギレになった。的を得ている名前だと思ったのだが、彼にとっては良くなかったらしい。悪気は無い、と言ったら、お前ら嫌いだ、と言われた。マスター曰く、的を得すぎたそうな。銀髪のお兄さんには二人とも頬っぺたを摘ままれてしまった。まだちょっとヒリヒリする。
「俺は?」
「お花のお兄さん」
「うーん…悪くないけど、」
「イヤでした?」
「いや、なんかもっとインパクト欲しいかなぁって」
「じゃあ…とうする?縁」
「えーっと、」
「「あ」」
「なに?」
「「王子様!!」」
「…ぶはっ!!」
名案だと言わんばかりの私達の発言に噴き出したのはワカメ頭君と銀髪のお兄さん、それとガムのお兄さんだった。紳士のお兄さんやブラジルのお兄さんは耐えていたみたいだけど。