そうだ、海に行こう
「縁!夏と言えば?」
「家」
「いや、私ら年がら年中家じゃん」
「じゃあ、山」
「おおう、そっちか」
「どっちだよ」
我が物顔でソファーに寝転がる斎が大袈裟なまでに肩を落として唇を尖らせる。小さい子供のように駄々を捏ねるのは止めていただきたい。というか、質問が突拍子め無さすぎて意味が分からないんだけど。
第一、夏だからと云って別段特別なこともないだろう。暑いから外にも出たくないし、家でのんびりするのに限る。宿題も片付けなきゃいけないし、新作のゲームだって買いに行きたい。遠出は好かない、ってのもあるけど。まあ、斎は私と逆で遊び歩くのが好きみたいで、長い休みにはふらふらと宛ても無くなった出掛けているみたい。そんな彼女の今回のぶらり旅に私を巻き込むつもりらしく、さっきの問いの正解が、目的地だと考えるのが妥当だ。山でないということは海か。
「海に行こう!」
ほらね、予想通り。
顔を上げて生き生きとした表情でクッションを抱きしめる斎に、私は肩を竦めた。
海と言えば候補は沢山ある。神奈川や千葉辺りが近場なので行くには丁度良いだろうと思っていた。なのに、斎は予想の斜め上あたりを行ってくれちゃったりなんかしちゃったり。一筋縄では行かないのが彼女だと知っていたから、ある意味では予想通りと言えるだろう。当たって欲しくなかった予想だね、全く。
じりじりと照り付ける太陽を浴びながら"めんそーれ沖縄"の看板を見上げた。嗚呼、暑い。日差しが痛い。このままとんぼ返りしたくて堪らないんだけど、隣の斎は水を得た魚のように顔を輝かせている。初めての場所でテンションが上がっているのもあるけれど、実兄に会えるから、というのが一番の理由かもしれない。
彼女の兄はカメラマンをしていて、今は沖縄に来ているらしかった。家を空けてばかりな斎の兄に会うことは至難の技だ。国外をメインに活動していては誘うのも無理だけど、今は国内にいるから、休みを利用して会いに来い、ってことだと思う。彼は同じホテルに泊まっているので何かあっても大丈夫とのこと。どうせ、自由に気ままに写真を撮りに行っててホテルにはいないんだろうけど。
「ホテルには夕方に着けば良いからさ、どっかぶらぶらしない?」
「良いよー何する?」
「アイス食べようよ。縁も食べたいっしょ」
「食べる食べるー」
来てしまったものはもうどうにもならないので、美味しいものを食べたり飲んだりして街をぶらぶらするのも良いかもしれない。小さなキャリーを引きながら空港を出る。さて、何処に行こうかと地図を見ていたら心配な声色が降ってきた。いきなりなんだ、と声のした方を見れば、ふわふわした茶髪のお兄さんが立っているではないか。帽子を被った彼は、肩に掛けたラケバを揺らしながら大きな瞳を瞬かせた。
「やったー、迷子?」
「「はい?」」