にゃんにゃんお!
ある晴れた真夏の昼下がりのこと、大阪から帰ってきた翌日。ふらふらと街中を歩いていたら猫と思わしき物体とぶつかった。というか飛び付いてきたと言った方が正しいと思う。ふわふわもふもふ。狸みたいなそれはヒマラヤンか、逃げる様子の無い猫は抱き上げろとでも言うように甘えた声で鳴いた。ホァラって変な鳴き声だな。うちのリリよりは些か重い猫を抱き上げて喉元を撫でてやる。擦り寄ってくるものだから、長い体毛が擽ったい。
はてさてどうしたものかと考えつつも足を止める気はなかった。どこか日陰になっている所はなかろうか。日差しが痛い。日焼け止めなんて意味の無いように思えてくる程にギラギラとした太陽が酷く憎たらしくて小さく舌打った。満足気な顔で腕の中に収まっている猫はもっと暑いだろう。何か冷たいものでも、と息を吐いたら呼び止められた。ちょっと空気を読んでくれないかな、私は涼しい所に行きたいのだよ。
「君、ちょっと良い?」
「はい?」
「その猫なんだけど、」
「お兄さんのですか?」
面倒なのを隠さずに振り向いた。声を掛けてきたのは綺麗な茶髪のお兄さんで、弧を描く唇は優しく微笑んで見えるが、本当のところは分からない。この暑いなか汗をかかずに涼しい顔をしているこの人はいったい何者なのやら。この猫の知り合い、というのは確かなのだろうが。
「捜してたんだ」
「そうですか、どうぞ」
「ありがとう」
あくまでも微笑みを絶やそうとしないお兄さんに猫を渡して一歩距離を取る。この人は喰えない。笑顔の裏に全部を隠してしまって、読み取らせてくれない。苦手だな。こういう人は苦手だ。鳳君とはまた別の意味で苦手だと思った。
早くこの人とおさらばしよう。お兄さんの腕の中で鳴いている猫に手を振って踵を返そうとした。そう、したのだ。
「あ、カルピン」
「ぐふっ」
「ホァラ」
そのままさよならするはずだったのに、お兄さんの腕から飛び出したらしい猫に突進されてたたらを踏んだ。上手く肩に乗っかった猫は得意げに鳴いて尻尾を振る。面白そうに笑うお兄さんを振り返りながら、猫の喉を撫でた。なんでよ。なんで引き止めたのよ。
「随分と気に入られたみたいだね」
「ですね」
「もう少し、遊んであげてくれないかな」
「……はい」
結局、あと1時間は猫とお兄さんと遊ぶことになるのだった。その後、汗一つかかずに変わらぬ笑顔のまま去って行ったお兄さんはきっと人間じゃない。