朝から変な目に遭った
私は特に変わった所も無い普通の女子学生である。普遍的と言っても過言でない学校生活を送り、時に他校の友人に会ったりするような、そんな日々を続けていた。友人と呼べる人も少なくは無いし、勉強にもそれほど苦労はしていない。至って普通。私の他にもそんな人達は山の様にいるだろう。
強いて云うならば、平凡なのだ。
女子の甲高い声が校門付近に響いて、思わず顔を顰めた。毎度毎度ご苦労様だ。
自転車から下りて、髪を手櫛で整えていたら聞き慣れていない声が後ろから掛けられて、誰だろうと思いながら振り向いた。爽やかな笑顔を振り撒いて手を振る男子生徒に見覚えが無くて、眉を寄せながら首を傾げる。
「おはようございます」
「おはよう…ございます?」
頭上にクエスチョンマークを飛ばしているであろう私に構う事なく挨拶をしてくる長身の男子生徒はいったい誰か。友人と呼べる人にもクラスメイトにも該当しないのだけれど。
にこにこ。まるで大型犬のように笑顔のまま私の前に立つ彼に頭を下げたら慌てられた。
「大変申し訳ありませんが、どちら様でしょうか」
「え!?お、覚えていないんですか?」
「ええ、まったく」
「そう、ですか」
あ、落ち込んだ。しゅん、と垂れた犬耳と尻尾が見えた気がする。
さて、どうしたものかと頬を掻けば、彼は恥ずかしそうに目を逸らながら口を開いた。
「先日、廊下でプリントを拾ってもらったんですけど…」
「……ああ。プリントぶちまけてた、」
「はい。その節は本当に有り難うございました」
「踏んだ私も悪いし。わざわざご丁寧にどうも」
あれは斎を捜している時だった筈だ。目の前でプリントを散蒔いた彼を素通りしようかと思ったは良いものの、運悪くそのプリントを踏んで転びかけた。流石に無視出来る筈もなく、仕方なしに集めるのを手伝ったのだったか。そう云えばこんな様な顔をしていた気もしなくもない。
お礼にはならないかもですが、とか言って数個の飴玉を無理矢理押し付けて彼は走り去っていった。有り難く頂戴しておこう。
その飴玉を一つ口に放り込んだ瞬間に周りの人達がざわついた。主に女子が。羨ましがっている声と視線を向けられている意味が分からなくて困る。
今の会話で何かあったのだろうか、彼女達が騒ぐ要因が。全くもって検討が付かないのだけれど。なんて思っていれば、同じクラスの女の子が寄ってきて、良いなあ、なんて言われた。
「何が良いの?」
「縁ちゃん、それ本気で言ってる?」
「割と本気」
「…テニス部に興味無いもんね」
「サッカーの方が好き」
真顔で返したら苦笑が返ってきた。ちょっとショック。
彼女曰く、私が話していた男子生徒は人気者集団の一人だそうで、だったら女子の羨ましそうな態度が理解出来る。そんな凄い人とは露知らず、もろタメ口だったからファンの子達に恨まれないかが心配です。
「えーと…取り敢えず、飴いる?」
「良いの!?」
「教えてくれて有り難う」
「私の方こそ有り難う!!」
彼女も彼のファンだと云う事で、お詫びに彼から貰った飴玉をあげたら異様に嬉しがられた。大事そうに両手で飴を包み込む彼女は、それはもう可愛かった。
手を振って駆けていく彼女に手を振り返したのは良いのだけれど、同じクラスだと云うのを忘れないでほしい。一緒に行けば良いのに、と思ったが、私はまだ自転車を持ったままだと云う事に気付いた。
「…仕舞いに行こ」
未だ、女生徒達の好奇の視線は続いたままだった。中々出来ない体験である。