蝉撲滅キャンペーン開催
やって来ました夏休み。全国の、学生で在れば誰もが待ち望む一大イベント。かく言う私は勿論、クラス全体が担任の言葉を今か今かと目を光らせて待っている。でもさ、皆は気付いてるのか知らないけど、担任が少し引いてるよ。気付いてないよね。
頬杖をつきながら教壇の方を見遣り、耐え切れなくなった欠伸を噛み殺そうとした瞬間、待っていた言葉が担任の口から告げられ、教室中が歓喜の渦に包まれた。なんて事が懐かしい。時の流れは早いもので、今はもう夏休み初日から2週間もたった。
7月も、終わりに近い。
暑いね、と移動用の鞄に入れられたリリに声を掛ければ、にゃあ、と心なしか元気の無い声が耳に届く。リリはもふもふしてるから余計に暑そうだよな、と思いながら、駅のコンビニで買った氷をタオルに包んで渡した。
もう少し我慢してね、涼しい所に行けるから、と自分にも言い聞かせるようにして頬を伝う汗を拭った。只今、光の家の最寄駅なう。暑い。
精神力を削り取るように、じわじわと蝉の声が引っ切り無しに聞こえて、何かむしゃくしゃしたから全部焼いてしまいたい衝動に駆られた。一日くらいみんな一斉に黙ろうよ、そうしようよ。後ね、道端で力尽きて転がってるのとか本当にやめて。踏んだ時の、あの何とも言えない絶望感まじぱねぇから。それと、上から降ってくるのもやめて欲しい。割と本気で。
「縁、何を射殺そうとしてん?目で」
「蝉」
「キリ無いでやめぇ」
「ひーちゃん遅い」
「部活やってん。許せ」
「荷物重い」
「ん」
久しぶりに見た光は最後に見た時と何ら変わらなかった。相変わらず目つき悪いし、背は小さいし。けど、少しだけ日焼けしてた。似合わねぇな。
テニスバッグとは反対の手に私のボストンバッグを持った光は、私が唯一持っているリリの入った鞄まで持とうとしたけど、流石に大変そうだから断った。ただでさえ華奢で折れそうなのに無理すんな、って話だよね。
まあ、そんなに柔じゃないのは知ってるけと。ね、と同意を求める様にリリに言えば、小さな声が返ってきてちょっと笑った。そんな私を見て光は怪訝そうな顔をしたけれど、深くは追求しないまま階段を下りる。その隣に並んで、光に導かれるままその場を後にした。
私の夏休みはこれからだ。
「とは言ったものの、あつ…」
「置いてくで」
「あーうん」
「…アイスでも買うたろか?」
「子供扱い!」
「まだ元気やな」
「っすー」
なんか最近ちょっと私の扱いが上手くなった気がする。ずっと会ってなかったくせに。でも、週一で電話してたか。それにしても、上手く扱われてる気がして解せぬ。光のくせに。
そんな事を考えながら少し前を歩く光を見てたら、それに気付いたらしく、首を傾げて瞬いた。そんな仕種が似合うお前の方が子供っぽいと思うけどね。まるで負け惜しみ見たいに思いながら小さく笑ったら光の眉間に皺が寄った。
「キモ」
「…否定できないのが悲しい」
「変わらへんな、縁」
「たった数ヶ月で変わってても困るでしょー」
「せやな。お前はそのままがええ」
「だろー」
苦笑する光に目を細め、小さく息を吐いてから意外と広い背を叩く。文句を言われたけど、気にする事じゃない。そんなことより早く行かないとリリがヤバめ。なんかぐったりしてる。体毛が長いから熱が篭りやすいんだよね。
それに気付いた光も歩調を速めた。それでも、私と同じ歩調だったけれど。
「ひーちゃんは成長したね」
「は?せぇへんのがおかしいんとちゃう?」
「いや、そうなんだけどね」
「?分からん」
「まだ青いな、しょーねん」