君と考える

「名前、よんで」 「仁王君」 「そうじゃのぉて」 「え、と…雅治君?」 「ちぃと違う」 「じゃあ、はる君」 「それじゃ!」 と云うことで何故か"はる君"と呼ぶことになりました。なので彼はとてもご機嫌です。丸井君が引くくらい。 そもそも、どうしてこんなことを言い出したのか聞いてみたてころ、事の発端は柳君だそうな。意外な人の名前に少し驚いたけれど、彼もあれで中々楽しいこと、と云うか人を弄ることが好きな人だった筈なので、道理な気もする。その柳君に、それだけ仲が良いのに苗字で呼ばれているとは、実はそんなに仲が良いわけでも無いのかもしれないな、と言われたからだとか。別にそんなつもりじゃあなかったんだけど、苗字で呼んでいたことで仁王君は少し寂しかったのかもしれない。悪い事をしてしまったな。だからこれからはちゃんと呼んであげよう。まあ、名前で呼んだら違うと言われてしまったので、あだ名みたいなものになったけれど、本人が嬉しそうだからこのまま"はる君"と呼ばせてもらえば良い。なんて思いながら、目の前で笑顔を振り撒く彼を眺めて頭を撫でてあげた。 「なまえちゃん」 「なに?はる君」 「これでもっと仲良しじゃな」 「そうだね。嬉しい?」 「なまえちゃんは嬉しくないんか?」 「ううん、嬉しいよ」 「俺もじゃよ」 クラスの皆は、へらへら笑って私に懐くはる君に慣れたらしくて、またやってる、みたいな風に見てくれている。どうやらこのクラスにはる君へ想いを寄せる女の子はいないらしく、きつく当たられることも嫉妬されることもないからかなり助かっていた。女の子情報曰く、年上と年下から言い寄られることが多いらしい。告白もされているとの事だが、全て断っているそうな。今は付き合うことに興味は無いとはる君は言っているが、詐欺師と名高い彼の言うことなので本当か嘘か分かったもんじゃない。私に関係無いこと故に何も言わないが、その度に悲しそうな表情をするはる君は、構って欲しい、気にかけて欲しいと言葉無しに訴えているように思えた。まるで幼い子供が母親の気を引こうとするかのようだ。可愛い、と思うけど、口にしたら拗ねてしまうのが目に見えているから言わないようにするのに必死だったりする。 名前で呼んでもらえる事が余程嬉しいのか、口元が緩んだままのはる君に苦笑する。相変わらずだ、って笑って、そんな毎日が幸せだと噛み締めた、そんな冬の日。 「凄いね、はる君」 「勝手に置いていっただけなり」 「紙袋とかある?持ち帰るの大変でしょ?」 「ああ、これは全部ブンちゃんにあげるんじゃ」 「あ、そうなんだ」 丸井君なら直ぐに消費してしまいそうだな、とは口に出さずに呟く。はる君の机の上で山になっているチョコレートは、どれもこれも気合いの入ったものばかりで、手作りも有れば某有名洋菓子店のものだったりと、明らかに中学生が贈り贈られるには考えられないものも見受けられた。バレンタインの贈り物というよりはただの貢ぎ物だ。 それをぞんざいに扱う彼は酷く鬱陶しそうな顔で深い溜め息を吐いた。見事なバランス感覚でチョコレートを自分の机から丸井君の机に移し替えたはる君が、机の上を綺麗さっぱりにして小さく唇を上げながら私を見る。一つでもズレたら全壊するだろう、と考えている私は気付かないふり。チョコをせがむ気なのだろうけど、残念ながらそれは無い。彼には家に帰ってからあげるつもりだから今持っているのは丸井君の分だけ。つい先日、丸井君にバレンタインを期待していると言われてしまったので作らざるを得なくなったのだ。 小さいホールケーキで満足してくれると良いんだけど。ふて腐れるはる君に手持ちのクッキーを渡しながらぼんやりと考える。因みに、クッキーは友達に渡したものの余りだ。はる君には黙っておくとしよう。 「家に帰ってから、ね」 「なんで?」 「出来立ての方が美味しいから」 「ん、分かった」 クッキーを食べ切って、素直に頷くはる君の頭を撫でる。それから、机の上を見て驚きの声を上げた丸井君に二人して笑った。目を丸くした丸井君が照れたように頬を掻いた。 こうやって笑い合うようになってもう一年が経つなんて信じ難いことだった。ついこの間はる君や皆に出会ったきがして、時間が過ぎるのが早く感じる。あと一年、まだ一年、そう思っていた自分が嘘のようで、でも、本当のことだった。中学最後の一年は、こうしてあっという間に終わりを迎えるらしい。だって、卒業までもう一ヶ月もないのだから。 それが少しだけ不安になる。殆どの人達はそのまま高等部へ進学するのだろうけれど、外部へ行ってしまう子もいないわけでは無い。私の友達もその内の一人だし、逆に外部から来る人たちもいるから、今まで通りとは行かなくなるのは明白だ。そんな、変わっていく中で私達はこのままでいられるのだろうか。 ずっと考え込んでいる私を不思議に思ったのか、はる君が柔らかな蜂蜜色の瞳を瞬かせた。 「どうしたん?」 「…え?」 「帰ってきてからずっと上の空じゃき」 「そう、かな…」 小さく頷いてから、ソファーにだらしなく身を預けたはる君が首を傾げる。真っ直ぐ見詰めてくる金色の目を見詰め返して笑えば、誤魔化すな、とでも云うように固く口を噤んで、はる君が数回瞬いた。微かに震える睫毛を眺めながら、誤魔化したつもりは無いと眉を寄せる。それでも、彼はじと目で見詰めてくるのだ。とまるで駄々を捏ねる子供みたいに肩へ擦り寄ってくるはる君に、仕方ないな、と微笑んで、きらきらとした銀髪を撫でた。それで少し機嫌が良くなったのか、顔を綻ばせる彼はなんだか猫みたい。 「高等部でも、こうやっていれるかな、って思ってた」 「いれるに決まってる」 「そうかなあ」 「一緒に、いる」 「……うん」 満足気に目を細めたはる君が、私の膝を枕に寝転び伸びをした。と云うことは、彼はこのまま寝るつもりだ。何回か同じことがあったから把握済み。慣れた重みとじんわりとした温かさが広がって、私まで眠たくなってくる。それでも、彼の髪を梳く手は止めずに、指通りの良い銀色を撫でた。擽ったくなるのか、時折むずがるように首を緩く振るものだから、逆に私が擽ったくなる。思わず小さく声を上げて身体を揺らしてしまったけれど、はる君は片目だけで見上げてから笑っただけだった。首を傾げてはる君を見下ろす私に、彼がそっと手を握ってくる。遊ぶように指を弄る彼を好きにさせていたが、直ぐに飽きてしまったのか、また眠たげに目を細めた。おやすみ。そう呟いて空いていた方の手をはる君の瞳に優しく当てる。数十秒後に聞こえてきた緩やかな寝息。繋がれたままの手は体温を分け合って、優しく存在を主張していた。
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