「すっげー!」
「え、あの…」
「花びらぶわーー!ってやつ!すっげぇ!」
「うるせえぞバカ猿」
突然掛けられた声に身体を揺らし、落ちないよう慌てて車の縁を掴んだ。同じ金眼を輝かせて詰め寄ってくる悟空に身を引き気味にしながら曖昧に笑う。先ほどの事を見られていたのか、と何処か後ろめたさを感じるのは彼が全てを忘れているのに対し自分は全て覚えているという不公平さからなのだろうか。昔と変わらない無邪気な悟空の頭を撫でた。変わらない彼を懐かしく思うのか、それとも変わってしまった自分と昔の自分を悟空に見て比べているのか、何とも言えぬ気持ちに胸が締め付けられるようだ。深く考えてしまう様になったのはきっと長い時間がそうせざるを得ない状況にしたからだろう。彼らと旅をして行く内に変われるだろうか。あの部屋から出れない自分は外に、出られるだろうか。昔を見たままの自分が未来を見られるようになれれば良いのに。
「そいえばさ、翠って戦えんの?」
「今更だな、おい」
「うるせー河童」
「んだとクソ猿!…っと、まあ無理なら俺が守ってやるよ。レディには優しいのよ、お・れ」
「ふふ、ありがとうございます悟浄さん」
「良いってことよ」
「心許ねぇなー」
「こら悟空、そう言うことを言ってはいけませんよ」
やんわりと窘める八戒の声があの人と重なり唇を噛み締める。全く同じ声は心を乱すばかりで聞いていられないが、そうも言ってはいられない為に慣れなくてはいけない。また会えた、想い人の生まれ変わりであり違う人、もう二度と愛してはくれない愛しい人。それを知らない彼は他意なく笑い掛けてくる。あの人と同じ少しだけ困ったような、優しい笑顔を見ていられなくなり視線を悟空へと戻す。窘められ少し申し訳なさそうにする彼の頭を撫で、覗う様な目を向けてくる悟浄に微笑むだけで応える。大丈夫だと、言葉無しに伝えれば、無理をするなとでも言うのかウインクが飛んできた。肩を竦め頷けば、満足したらしい悟浄は煙を吐く。慣れていたその匂いが懐かしい。
「正味の話、大丈夫ですか?見たところ武器を扱う様には思えませんし…」
「護身術程度でしたら…」
「げ、まじ?」
「おい、悠長に話してる場合じゃねえぞてめぇら」
「おや…団体さんのおいでですか」
進路を遮るかのようにして立つ妖怪達に三蔵は苛立ちを隠すこと無く舌打った。経文を狙う妖怪は多く、旅に加わった数日間は出会さなかった為に三蔵が苛立つ理由を不思議思っていたが、実際に体験してみると理解出来た気がする。これが毎日のように続けば嫌にもなるだろう。律儀にもジープを停め相手にする一行を眺めながら後ろ手を組んだ。元の姿に戻ったジープを肩に止まらせ、騒動が終わるまで離れていようと木に凭れ掛かっていたが、そう簡単にいかないのがお約束というもので、気付いた妖怪達は矛先を変えこちらに飛びかかってくる。
手の平に集めた花弁で壁を作り一薙ぎすれば、風に吹かれた花のようにあっさりと押し返され、鞠の様に地面を転がる妖怪を見下ろす。殺生を禁じられている故にあくまでも自己防衛の域でしかないがそれでも構わない。自身が怪我をしなければ良いのだから。ふ、と息を掛け飛ばした花弁は痺れ効果を持ち、少し吸い込んだだけでも威力を発揮するそれを吸い込んだ妖怪達は起き上がることすら出来やしない。痺れに喘ぐのを見下ろし、首を傾げる。
「わたし、殺生は出来ないんです。ごめんなさい」
「謝るとこちげぇって、翠チャンよ…」
擦り寄るジープを撫でながら悟浄に目を向ければ、止めを刺しながら乾いた笑みを漏らし煙草を吹かした。きょとり、と瞬いている背後から興奮した様子の悟空が飛び付いてくる。見たことのない光景に驚きと好奇心を隠せないのだろう、普段から大きな瞳を更に大きくし輝かせながら見詰めてくる。
「やっぱすげぇよ、翠!どうやってやんの?なあ!」
「え、と…」
「人間じゃねぇから出来るに決まってんだろうが」
じゃれつく悟空にどう対応して良いのか戸惑い狼狽えるのを見て何を思ったのか知らないが、三蔵の一言により周りの空気は固まり、他の2人にまで質問攻めにされぐったりすることになるのは言うまでもなかった。
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