声を聞かせてほしいの

「天蓬、捲簾、おかえりなさい!」


「はい、ただいま。良い子にしてましたか?」


「おう、ただいま」




所用を終え部屋に戻れば嬉しげな声と共に飛び付いてきた彼女の香りが鼻先を掠める。軽い身体を受け止めきつく抱き締めていれば、捲簾は肩を竦め、我が物顔で机の上の灰皿に灰を落とした。懐いてくる彼女を抱えたまま整理の付いてない書類を片手に、蛙の灰皿で一人遊びを楽しむ捲簾を横目見る。先の任務での言葉を思い返しひっそりと微笑む。まさか、一緒になどと言われるとは思っていなかったのだが、世の中には以外と物好きが多いのかもしれない。一番最初にそう言った彼女はこの通りであるからして、きっと彼との関係も変化していくのだろうな、と一人ごちた。

それを知ってか知らずか、自身が未提出の書類を書くから風呂へ行く様に言った捲簾が机に向かうのに目をやってから、腕の中の存在に意識を向けた。いつもは眠たげな瞳は酷く輝いている。




「おふろ!」


「行きましょうか」


「おいこら待て。まさか一緒に入るとか言わねぇよな?」


「いつも一緒だよー」


「一人で入れてはいけない決まりなんです」




タオルや着替えを取りに走る彼女を見送ってから、駄目かと問う様に捲簾に首を傾げる。呆れ顔で頬杖をつく彼は、何も言うまいといった様子でもう片方の手を振った。完全に誤解されているようでが、疚しいことは本当に無い。常に水面に漂う睡蓮であるが故か、彼女は水気を好む。一度水に浸かれば際限なくその場にいるため、前に観世音が一人で風呂に入らせたところいつまで経っても出てこない彼女に心配して見に行ったら案の定、寝ていたのでそれから一人での入浴を禁止されているのだ。

準備が整った彼女に手を引かれるがままに脱衣所へと足を向ける。律儀にもこちらの分の着替えも用意した彼女の頭を撫で、ネクタイを解いた。何の躊躇も無く服を脱いだ彼女の白い肌と女性的なラインを描く身体に自然と目が行ってしまう。なだらかな背中から腰にかけての線はついつい手を伸ばしたくなる程だ。実際に触れたところで何の文句も言われなさそうではあるが流石に不味いのでまだ止めておこう、と白衣を脱ぎながら考える。普通よりも大きいであろう胸の膨らみは歩く度に揺れていた気がする、等と思い出しながら眼鏡を外した。待ちきれない彼女が先に入ってしまうのはいつものことで、早々に行ってしまう背をぼんやりと眺めながら洗濯籠へと服を脱ぎ捨てる。湯に浸かるのは何日ぶりだろうか、少しぼやける視界の向こう、自分を呼ぶ彼女に声を返した。









「おーい、書類出来たぞ…寝てんのかー?」



その可能性は在り合える、と風呂場を覗けば案の定、二人して寝入っていた。膝の上に乗せているのか、胸に凭れ掛かり寝息を立てる彼女の頭に自身のも預けこれまた規則正しく呼吸を繰り返す天蓬に肩を落とす。自分が寝てたら意味無いだろう。入り口でしゃがみ込み額に手をやりながら息を吐く。どうしたものかと目をやれば、目が覚めたらしい彼女が首を傾げこちらを見ていた。ぼんやりとした金眼を瞬かせて立ち上がろうと浴槽に手を掛けるのを慌てて止め、良いから湯に浸かっていろと言い聞かせる。こんなところを天蓬に知られたら後が恐ろしい。出てくることを伝えてくれと彼女に頼み、そのまま風呂場を後にした。




「んー誰かいましたか?」


「捲簾が、書類出してくるって」


「そうですか…」


「まだ入る?」


「仕方ありませんね、あと少しですよ」




扉の閉まる音で浮上した意識はまだぼんやりと定かではないが、何があったのかは彼女が教えてくれる為何ら問題は無い。いつもなら何かと話をするが今日はこちらに合わせて寝ていた彼女の意識はしっかりとしていた。いまだ微睡みに片足を突っ込んでいるのを良いことに、首に擦り寄り甘えて強請ってくるその腰に手を回しながらまた目を閉じる。居心地の良い場所を探して動くのを好きにさせ、浴槽の淵に片腕を乗せながら片目見ては薄ら笑んだ。ぴったりと押し付けられる胸の感触には慣れたもので、本人が気にしていないのだから自分も気にするのは止めた。意識されていないものは複雑なものもある、とは言え合法的に見れて触れられるのだから役得だろう。いくら色事にあまり興味が無い身とは言え所詮は男だ。そういった気が完全に無いわけではない。しかし手を出す気はまだ無かった。自分好みに育て教えているのだからいつかは、という思いはある。それに親の許可は得ているので何か問題が発生することも無い。大きく息を吐き、捲簾はどうしたのだったかとまで考え、はたと気付く。




「翠蓮」


「なに、天蓬」


「思い出したことがあるので出ますよ」


「……はーい」


「良い子です」



機嫌良くお湯に浸かる彼女には申し訳ないが、先程捲簾に頼んだ書類は自分が提出しなければならないことを思い出し、不服そうに頬を膨らましながらも返事をする彼女を抱え風呂場を出た。手早く着替え、取り敢えずネクタイを締めれば良いか、と緩く結び手渡される団扇を受け取って捲簾を追いかけた。帰ったら構ってやることを約束に彼女は大人しく留守番だ。




「いってらっしゃーい」


「いってきまーす」



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