記憶の片隅に落ちている

綺が水上について知っていることは少ない。食事に行く事が多い関係でそれとなく食の好みと、同じくそれとない服装についてくらいだろう。綺は興味が無ければ踏み込むことをせず、水上も自ら口にする性分ではない。その場の流れで何となしに綺が訊ねることはあれど、その後に心の内に留められたままの詳細は少なかった。水上が以前に教えたと言えば、そうだったかとあっけらかんとして首を傾げるだけだ。何度も言わせるな、と感じる人もいるだろうが、水上は別段憤りを覚えることは無かった。変に気を遣う必要もなければ、綺がそう言った姿勢であるため、水上も同じ対応で構わない。綺は自身の好み等を水上に覚えさせようと強要することも、咎めることもしないのだ。知らなければ知らずとも、覚えていれば同じく、気にすることは一切ない。
水上を知る者たちが知れば、水上が綺のような人間を相手していることを驚くだろうが、適当が許されるというのは水上的に案外楽だと思っている。とは言え、水上の利口過ぎる頭は綺の何気ない一言でも覚えてしまうこともあり、些か不公平だと思わなくもないのであった。
水上がそのように構えていることなど露知らず、意図せず現場でわらしべ長者を行った結果、手中に転がり込んできた券を携えた綺は普段の合流場所に顔を出す。造りの悪い頭が辛うじて覚えていたそれは、水上の好むものだったはずだ。我ながらよく覚えていたなと自画自賛した綺が差し出した紙片は水上を驚かせるに十分過ぎるものだった。ぼんやりとした梔子色に驚きを灯した水上が食い入るように、指に摘ままれた紙面を見つめるのを見とめた綺は、満足気に口角を上げた。

「あげる〜」
「どないしたん、これ」
「なんか、巡り巡って?」
「いっちゃん縁遠いやろ、こんなん」
「スタッフのひとりが関係者ぽくて、でも興味ないって言ってたから」

落語というものを綺は全く以て知らず、また興味も湧かない。ただ、綺の食指が微塵も動かない講演が、水上にとって益になることだけは理解できた。綺が水上について知っている少ないものの内のひとつだ。水上はそれを予想していなかったらしく、表情だけではなく纏う空気にも驚きを滲ませている。珍しいものを見た綺の機嫌はまさにうなぎ登りと言えた。
受け取るか否か迷い不自然に宙に留まる水上の手を不思議に思い、綺は紙片を握らせ頷いた。綺が持っていたところでただの紙に過ぎないが、水上が手にすることによってその価値は跳ね上がり真価を発揮する。何を迷うことがあるのだろうか、綺には分からなかった。

「ええんか」
「あたし、落語? が何か分かんないし、上サマが好きだったかな〜てもらっただけだし〜」
「……今度はどこに行きたいんや」
「ま?良いの?じゃあホテルのスイーツビュッフェ」

綺にとって何にもならない紙片が、かねてより行きたいと思っていたビュッフェに変わったことで綺のわらしべ長者は完結した。時間潰しに足を運んだゲームセンターで取ったストラップがここまでになると誰が予想できただろう。好きなものを覚えていてよかったと、綺は笑った。

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