夜に火遊び

世間一般の学校は夏休みを迎えて既に中盤に差し掛かるころとなっていた。要領の良い者は既に課題等を終えて自由に遊びまわっているだろう。かく言う水上も例に漏れず早々に片付けていたが、その辺の学生とは違いやれランク戦だと防衛任務だのと、予定には事欠かない生活を送っているため遊びに出た記憶はとんと無い。数回だけ綺に連れ出されたくらいだった。隊の面々と遊びに行く予定が月末にある以外、現状水上は家と本部を往復するしかしていなかった。さして不満などないが、少々勿体ないとは思う。ともあれ、自ら率先して出掛ける性質ではないことも確かなため、結局は思うだけに留まるところが水上という男だ。溜めていた小説を読み、落語の新譜を流し棋譜に目を通す。何も変わらないがそれに対して何か思うこともない。
組織に所属していようといまいと遊び回り賑やかに過ごす者はそのように動く。要は気持ちがどれだけ有るか、という所に落ち着くのである。水上はその中でも気持ちが低い方に属していることは、皆まで言わずとも分かることだった。
当たり障りのない、変化も感じられない一日を過ごし帰路に着く水上は大通りの電柱に貼られた写真の鮮やかな広告に気付く。花火大会と書かれたそこには目を引く大輪の花火が使用されている。今年が初開催だと印刷された紙の一番下、日付を確認した水上はひとつ瞬いた。見間違いでなければ本日の夜と記載がある。もう少し早く知っていれば隊の面々で行けただろうが、この時間では既に各々の予定を入れている頃だろう。南沢や細井などは友人を連れて向かっていそうなものだ。生駒も同年代に声を掛けている気もするが、隠岐は部屋にいるだろうと水上は半眼になる。買い物には嬉々として赴く隠岐は、こういった行事では途端に出不精になることを水上は知っていた。部屋で猫の動画を見ているだろう後輩を思い、嫌がらせついでに声を掛けてみるかと水上は上着から端末を引き抜く。
綺を誘わない理由は、参加していないことが有り得ないからだ。友人と連れ立って祭りに向かう様子は容易に想像できる。それこそ、休みの間は遊びと仕事の予定しかないだろう綺を捕まえるには一週間前からだろうと難しい。故に多忙具合を知る水上から声を掛けることは万が一にもなかった。水上の預かり知らぬところで変なことに巻き込まれていなければ何だって良かった。
電柱の広告を撮り、隠岐へと送った水上は画面に目を落としたまま、止めていた歩みを再開する。既読も無ければ連絡もつかない無の時間以外であれば隠岐の返事は比較的早い。今日はどうだろうか、前方と手元とを交互に見る水上が家の近くに辿り着く頃、ようやく既読の反応があった。緩い顔をした猫がおはようと言っている。深夜の任務から動き続けている水上とは違い、早々に帰宅をして惰眠を貪っていたようだ。換装体は睡眠を欲しないが、精神的疲労は蓄積し続ける。糸が切れたように眠ることは水上もままあることだった。
猫の次に送られてきた隠岐からの返事は珍しくも是だ。水上は断られる方向に視野を広げていたため、素直な驚きが口から洩れた。林檎飴食べたい、と緩やかに笑う隠岐を思い、素であざとい奴だと想像の中の姿に水上が鼻で笑う。待ち合わせの場所を指定した水上は踵を返し、途中の自販機で茶を購入する。体温調節の為に舌を出す犬よろしく、暑さにばててやってくる隠岐は想像に容易い。愚図る前に手を打っておくことが一番だと、結露を始めたペットボトルを片手に水上が空を仰ぐ。ビルの合間から見えた裾野はぼんやりと赤らんでいた。


見知った顔もちらつく会場は多くの人で賑わいを見せている。隣で林檎飴を口に含む隠岐がのんびり笑う。

「先輩から誘うん珍しいですね」
「なんや夏らしいことしとこ思って」
「おれが断ってたらどないしたんです?」
「寝とった」
「わは」

にべもない返事に対しまた力無く笑んで林檎に歯を立てる隠岐を横目見た水上は、ちゃっかり楽しんでいる様子に目を細める。常日頃から水上と接することの多い隠岐には冷ややかな視線も立て板に水でしかなかった。さして響くこともなく、ふんわりと口角を上げて自由きままに林檎飴を味わうだけだ。水上はひとつ息を吐いて時計を確認する。花火の開始時間までそう間は無い。案外しっかりと時間が潰せたことに感心する水上の服の裾を隠岐が引いた。花火まで間もなくとなれば周囲の考えは一致する。如実に表す人の流れから抜け出たふたりは、道の脇へと逸れて逃れた。水上も隠岐も、良く見えるが人の多い場所よりも、それなりだが人の少ない場所の方が好ましい。ただでさえ暑いところを人の密度で更に上げたくはなかった。じっとりと汗ばむ服を不快に思う水上の目の前に人のいない屋台が映る。つい先ほどまでは客が多く並んでいたそこも、今は数人が経つだけだ。花火を見ながら食べるには丁度良い、と列に並ぶ水上を置いて行かれた隠岐が緩くなじる。いけず、と唇を尖らせる隠岐の手には、未だ食べ切れていない林檎飴が握られていた。それを片付けてからにしろ、と視線だけで制した水上は、大人しく残りを齧り始めた隠岐を見とめ、仕方なくかき氷をふたつ注文する。味の文句は聞く気などなく、適当に選んだ水上に隠岐が目を輝かせた。味など大してこだわりの無い隠岐は何だって良いのだ。近くにあったゴミ箱に割り箸を投げ入れ、水上からかき氷を受け取った隠岐はゆったりと表情を崩す。

「先輩、あの子にもこうやるんです?」
「あの子?」
「最近よう一緒にいてる子」
「ああ、あいつ」

くふくふ、と小さく笑う隠岐の目は玩具を見付けた子供のように輝いていた。それは、たった今話題にしている人物とよく似ているものだから、水上は些か複雑な気分になる。何とも言えない感情をおくびにも見せず、かき氷を隠岐に渡した水上は、どうだろうなとスプーンを刺した。隠岐はにんまりと口角を上げて水上を覗き込む。浮ついた話と程遠い水上の女絡みの話題は貴重だと、隠岐は笑顔の裏で鎌首を擡げる好奇心を抑えることに必死だった。些細なことでも聞き零すものか。半分は相談になる優しさで、もう半分は面白さを求めて、隠岐は水上の動きを待った。さして目線の変わらない相手からの上目遣いに胡乱気な視線を向けた水上の口から深い溜め息が吐き出される。隠岐の思惑などお見通しだと言わんばかりの面持ちで水上は緩く首を横に振った。話すことは無い。言外の解答に隠岐は肩透かしを食らった気分だ。あら、と少しだけ目を丸くして、自分のかき氷を口に含む。特定の人物が思い浮かぶ時点で特別であると示しているのだと、水上が気付くのはいつになるだろうか。隠岐は隣でかき氷を食べる水上に静かに笑んだ。
腹の底に響く音が周囲を震わせる。鼓膜の奥の奥まで届きそうな重厚さに、顔を見合わせていた水上と隠岐が音の方を見た。腹を、胸を、身体中を叩くそれは、今の位置からではほんの僅かしか顔を見せない。移動先を探すのは隠岐だ。グラスホッパーがあればと愚図る隠岐に、水上が珍しくも同意を示した。


そこまで人がおらずそれなりに見られる場所を見事探し当てた隠岐を褒めてやり、水上はベンチに腰掛けながらかき氷を口に運ぶ。元より数を用意していないらしい花火は中盤を過ぎたころだった。夏らしい、とスプーンを噛んでいた水上の端末が通知を受けて震える。ポケットから取り出したそこに表示される名前は案の定、綺だ。連続で通知がくる相手は数少ない水上が呆れを滲ませる最中も通知は増えていく。画面を呼び出した水上の横から覗き込んできた隠岐が表情を明るくした。
浴衣の自撮りと花火の写真からして、水上は予想通りだったと小さく笑う。綺が祭りに来ていないはずが無いのだ。自分も見ている、と辛うじて写った消えかけの花火の写真を添付する。途端、隠岐がわっと声を上げた。

「写真ならあげます!」
「これでええて」
「ええー」
「あいつ気にせん」

信じ切れていない隠岐に綺からの返事を見せた水上が、嘘ではないだろうと片眉を上げる。遠慮なく覗き込んだ隠岐は、花火の写真よりも水上が祭りに来ていることを言わなかったことに対して言及する文に整った顔を歪めて低く唸った。確かに来ているのであれば言ってほしい気持ちもよく分かるが、隠岐としては上手く撮れた写真を送り褒めてもらいたい。しょぼくれた花火の写真が贈られてくるよりも、相手とて嬉しいだろう。唇を尖らせる隠岐に一瞥をくれた水上が気も無さげに返事を打つのを睨め付け、隠岐は溶けかけたかき氷を吸った。隠岐の視界の隅に入る画面では水上が返すよりも先に綺からのメッセージが送られている。花火が終わった後に合流するのだろうと、置いて行かれる自分を思い遣る瀬無い気分に目を細めた隠岐だったが、滅多にない体験だと面白くもあった。口元を緩める隠岐に対し薄ら寒いものを感じた水上が目を向ければ、害の無い顔で緩やかな笑顔を返されるだけだった。この顔をされると内側を読めなくなることを、水上は勿論のこと、隠岐も分かってやっている。隠岐が何も考えず水流に身を任せるクラゲのように見えてその実、意外とちゃんとしているのだと水上は知っていた。

「ほな、帰るか」
「帰るんですか?」
「まだなんか買うんか?」
「え、だって、彼女は?」
「用事ない」
「うそお」

予想だにしなかった展開に狼狽えた隠岐の手からかき氷の容器が落ちる。何をそう動揺することがあるのか見当もつかない水上は、仕方なく落ちた容器を拾いゴミ箱に放った。目を丸くして水上を見上げる隠岐の鮮やかな青の眼は少しの衝撃で零れ落ちそうだ。ベンチに根を生やして立ち上がろうとしない隠岐の肩を小突き、置いて行くかと水上が問う。慌てて腰を浮かせた隠岐は、一瞥しただけで歩き出した水上の隣に並ぶ。飛び出さんばかりだった双眸は緩やかなたれ目に戻ったものの、未だその中には驚きがひしめいている。隠岐は水上が会わない理由が分からなかったが、水上は隠岐が驚く理由が分からなかった。互いに首を傾げ、妙な沈黙が漂う。少しして落ち着いた隠岐がひとつ笑った。恋愛観とは面白いもので、人によってこうも違うもので、ましてやその違いを水上を通して再認識するとは思っていなかった。珍しくも面白い体験だったと、ひとり納得した隠岐は未だ怪訝な顔をする水上を追い越して振り返る。

「先輩の恋路がどうなるか楽しみです〜」
「隠岐くん?」
「わはは」

隠岐が声を上げて笑う様子は、水上もあまり見るものではなかった。上機嫌になった理由を水上には知る由もないが、先ほどまでの戸惑いと驚きの眼差しが向けられるよりもずっと良かった。水上は先を行く隠岐の背を見ながら息を吐く。
少し前まで鳴り止まなかった通知も今は成りを潜めて沈黙を貫いている。気を付けて帰るよう送ったものへの返事が最後だ。大雑把に見えてそれなりにきちんとしている綺は帰宅したら連絡を入れるだろう。機嫌の良いままの隠岐の後ろを歩く水上の意識はすっかり端末から離れ、帰宅後の予定へと向けられている。水上はひとつ瞬き、ふいに聞こえた何かを叩くような鈍い音に弾かれた様子で顔を上げた。車の通らない住宅街は静まり返り、隠岐と水上のふたり分の足音が時折擦れて響くだけだ。ならば今の音は何か、思考へと意識を割くよりも前に、振り返った隠岐がその答えを示す。

「花火の音、残っとりますねぇ」

そうか、と水上は胸の内や耳の奥に残る音が花火だと知る。目を閉じた暗闇の中で存在を主張するそれに、眠れなくなりそうだとぼやいた水上を隠岐が笑った。



「てわけで、買ってきた!」
「多ない?」
「こんなの直ぐじゃん」

家庭用と銘打った大きな袋をふたつ掲げる綺に水上は片眉を上げた。受け取った水上が見るに、手持ち花火だけではなく置き型もあることからわざわざホームセンターのような大きな所まで買いに行ったと分かる。昨夜、連絡が来たと思えば夜は空いているかなどと急な誘いに水上が目を丸くしたのは記憶に新しい。
数日は空いているという水上の返事に喜び勇んでやってきた綺の手には件のものが握られていた。想定よりも大きなバケツを持参している辺り、遊びには抜かりないなと水上は綺から水色のそれを受け取る。重量のあるその中身はライターだけではなく、虫よけやペットボトルが数本入れられていることから、用意した祖母に言われるがまま持ってきたのだろうと水上が苦笑する。綺なら行きしなにコンビニへと寄るはずだ。花火を抱えながら前を歩く上機嫌な綺を見つめる水上の機嫌も悪くはなかった。
大きくはないが水道の通っている公園は、昼間や夕方であれば近所の子供たちの賑やかな声が響いていることだろう。すっかりと夜の帳が落ちた今は草葉の陰から虫の声が密やかに聞こえるばかりだ。袋を開けて中身を並べる綺の横に荷物を置いた水上は公園の隅に在る水道でバケツの中を満たしていく。十分な水を抱えて戻った水上を迎えた綺は、準備万端と言わんばかりに期待に満ちた瞳を輝かせていた。バケツと入れ替わりで持たされた花火を見とめ、最後に手にしたのは何時だったかと水上が後頭部を掻く。感慨に耽る水上より一足先に火を点けた綺が、ふたりの間、辛うじて危なくない位置に先端を差し出した。公園に響く音は意外にも大きく、近隣から苦情が入ったら面倒に思いつつも水上は爆ぜるそこに手にしていた花火の先を近付ける。
緑の閃光に朱が混ざり、一際大きく音を立てて爆ぜた。

「火の粉当たってへん?」
「だいじょぶ〜」

返事はあるが意識は完全に次の花火に向いている綺の隣に並んだ水上は、贅沢にも空いた方の手に花火を二本持ち火を点ける。一本ずつも勿論だが、何本かまとめると迫力が違う。適当に取ったため色が違うものになったが、それはそれで悪くはない。狡い、と声を上げる綺に笑い、水上は煌めく光を見下ろした。小さなそれの寿命は長くはなく、最初の一本は勢いを失い始めている。綺が手にしていたものはとっくにバケツの中へと送られていた。しゃがみ込み物色する綺は何と何を持つか悩んでいるらしく、伏せ気味な豊かな睫毛を震わせている。反対に、さして悩みもせず横から数本を取り上げた水上は淡々と火を点け、馴染みのある音と共に噴き出す炎を地面に向けた。目に痛いほどの光から少し視線を逸らした水上の視界に、端末を向ける綺が映る。動画だと気付いたころには手元の勢いはすっかり枯れかけていた。名残惜しさの欠片も無く水の中へと入れた水上の手は花火ではなく綺へと向けられ、指先で綺の端末を小突いた後に手を差し出す。端末を貸せ、という視線だけの要求に気付いた綺は素直に水上の手へ端末を預けた。受け取った水上は、先ほどの動画を消すか考え、後々愚図られても面倒かとそのまま撮影ボタンを押した。疑うことなく、屈託のない笑顔を向ける綺を画面越しに見やり、光源が乏しく映りの悪さに水上は早く火を点けろと促す。頷いた綺は一番近くの花火を数本手にしてライターを近付けた。最初の一本を火種に残りの花火も灯した綺の楽しそうな様子に水上の口角も自然と緩んだ。未だ勢いのある光を見下ろす綺の横顔の、長く上げられた睫毛が薄ら影を落とす様は花火で色付いているせいか普段よりも艶めいている。炎を映す瞳も赤らみ、ぬめるように輝いて眩しい。

「見て!ちょーキレー!」
「よかったな」

屈託のない笑顔見せる綺に零れかけた言葉を飲み込んだ水上は、らしくないと自嘲し、撮影を止めた端末を上着のポケットへと滑り込ませる。誤魔化すように次へと火を点けた水上に気付いていない綺は、水上の内心など気に留めることもなく置き型の花火へと手を伸ばした。
手持ち花火とは違い規模が大きくなる置き型は如何なものか。まず先に懸念を抱える水上は、未だ燃える手持ち花火を見下ろしながらも横目で火を点ける綺を見る。構わず点火した綺は、勢いよく噴き出した火花に驚きを顕わにして身体を揺らす。そっと距離をとりつつ隣に並ぶ綺にひとつ笑った水上は、予想よりも控えめな様子に安心した面持ちで頷いた。近隣から苦情が入らない程度の花火は綺からすれば些か物足りないことは理解できるが、今この瞬間に乗り込まれて対応を迫られ面倒事を抱えることは避けて通りたいとは水上の本心だ。
水上は、手の内で沈黙した花火をバケツに放り、迷うことなく次へと手を伸ばす。ゆっくり楽しみたいところではあるが、帰宅の時間が遅れて困るのは綺の方だった。一人暮らしの水上とは違い、家族が待つ綺はあまり遅くまで出歩くことは好まれない。家に泊めることも吝かではないものの、帰宅が可能であればすべきだと水上は思う。面倒がる綺が泊まると言い出すことも視野に入れ、どういなすか考える水上を綺が覗き込んだ。そのまま伸ばされた細い指が水上の眉間を押し、皺を伸ばすかのように動かされる。皮膚に当たる硬質な感触にむず痒いような、違和感を伴う緩やかな痺れにも似た感覚に眉を寄せた水上が苦言を呈した。あっさりと離れた指とは別に綺の視線は未だ水上を捉えていた。打って変わって不服そうなヘーゼルの瞳には若干の不安めいたものが宿っている。

「むずかしーかお」
「お前は頑固やからなぁて」
「えー! めっちゃ素直じゃん!」
「ほな、今日はちゃんと帰るんやな?」
「とーめて」
「ほれみぃ」
「素直に泊めてって言った!」

元気の良い仔犬よろしく纏わりつく綺を宥めるにはどうするべきか、静かに息を吐く水上だったが、その間に拗ねる方向へ転換した綺の細い腕が伸び、ある程度残る花火を掴んだ。唇を尖らせた綺は、まとめてとったそれらに火を点けながら内心は楽しくて仕方がなかった。わざとらしく尖らせた唇も、膨らませた頬も、呼ばれて向けた視線も全てただの飾りでしかない。そうずれば、機嫌をとろうと仕方なさを滲ませながらも水上が手を差し伸べて来ることを、綺は知っている。綺は、水上が綺のために心を砕く瞬間が嬉しかった。好意が無ければ決して示されることの無い態度は綺をとても満ち足りた気分にさせる。やりすぎてはいけないことも分かっているが、それを上回る欲が綺の内側にはあった。毎日会うことも無ければ、会って必ずというわけでもない。故に水上は綺の見せかけだけの機嫌を損ねた態度を許すだろうという確信が綺には有ったし、それは実際に正解だった。水上は綺の機嫌をとることを面倒に思っているが嫌悪しているわけではない。癇癪を起すわけでも当たり散らし喚くことも無い、ただ拗ねて窺い立てるだけのそれは案外可愛いものだと、水上は思っている。構われたいだけなのだと、親のような気にすらなった。
まるで撫でろと言わんばかりに手元にある綺の頭に触れ、水上はあやすように叩く。じっとりとした眼差しを向けた綺は形だけの拗ねた表情のまま、水上を呼んだ。応える水上の声は優しい。

「来年は泊めてね〜」
「来年……来年なぁ」
「もう一個多く買ってやる〜」
「はは。来年な、ええよ」

それは最早ふたりで消費する量を越えていると、水上は思うだけに留めて再度、綺の頭を撫でた。生駒たちを交えても楽しそうであるし、きっと綺は直ぐに馴染むだろう。水上は笑って花火に火を点けた。来年もその次も当たり前のように綺が隣にいると考えていることが可笑しかったが、自然なことだと感じる。水上は、来年になってもこの公園が花火禁止になっていないことを祈った。

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