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上機嫌で歩く彼の手には花が一輪握られていた。赤く艶やかなそれは、屈託のない笑顔に似合っている。通りかかった花屋の娘からの好意を断る理由もなく、彼は嬉しそうに受け取っていた。ほんのりと頬を赤らめる娘の愛らしいことと言ったらない。
彼は国民から良く好かれた。老若男女問わず様々な好意を注がれている。恋心を仄めかすものも少なくはなかったがしかし、この男がその好意の内に潜む本意に気付くかと言えば、今のところは皆無であった。長い付き合いから分かるが、とても鈍感なのだ。
「お前んとこの子ぉは優しいなぁ」
などと言うだけなのである。可哀想に。
「せや!こっち向きぃ」
「ん?」
心の中で手を組んでいたら伸びてきた手に顎を掴まれた。急に何をと問う前に、短く手折られた花が耳元に射し込まれる。人を花瓶にでもする気か、と口を開きかけたがあまりにも満足そうなので小言も引っ込んでしまった。
「似合うとる!」
「……たぶん、あんたも似合うわ」