昔の夢を見た。愛おしくも苦しい時を。
未だぼんやりとする頭のまま身を起こせば、空はまだ白み始めたばかりだった。深く息を吐き身体の力を抜く。体重を受け止めた簡素なベッドが嫌な音を立てたが構いやしない。どんよりと重く不快な感覚が腹の底に溜まっている。せり上がるそれを押しとどめ、枕に深く頭を沈めまた目を閉じた。一時たりとも忘れた事のない彼女の声で名前を呼ばれ、胸が締め付けられる思いに泣きそうになる。喉の奥がひりつき、声の出し方を忘れたように音もなく喘ぐ。会いたい。俺の太陽。永遠の一瞬は眩しく、瞼の裏に焼き付いて離れなかった。
「待っとうよ…はよう、会いに来てや」
絞り出した声は掠れていた。誰にも届かない懇願は、昇りゆく朝日に溶けていった。
「こんにちは祖国様!」
「ん…何やええことあった?」
「ええ、ええ!ついに産まれたんです」
歳を感じさせない弾む声で老女は笑う。近所に住む元気な老夫婦の片割れは、そう言えば孫が出来たとつい先日言っていた気がする。もうそんなに経つのか、と招かれるまま後ろを追う。世が世であれば彼女もこうして笑っていたのだろうか。初夏の日差しが鋭く肌を刺すのを感じながら、彼女と初めて会ったのも丁度今頃の季節だったことを思い出した。昔の夢を見たからか、つい考えてしまう。青空の下、こちらを見上げる深緑の瞳を。
扉をくぐった途端、賑やかな泣き声がする。何が気に食わないのか、懸命にあやす母親も意に介さず、喉が張り裂けんばかりに喚いていた。赤子は泣くのが仕事だと言う。よく泣いて元気に育てば良いと思いながら、抱かれている包みを覗き込んだ。大きな瞳から大粒の涙を零すのを見下ろし、肌の粟立つ感覚に息を飲む。まるで歌劇の一端のように出来過ぎた一瞬は、けれど実際この身に降りかかっている。こちらを捉えた深い色の双眸から溢れる雫を掬ってやりたいのに、酸素を求め喘ぐ魚みたく呼吸することしか出来ない。震えているのは、果たして手だけか。言葉も無くただ茫然と見下ろしていたが、先ほどの大泣きが嘘のように機嫌を良くし手を伸ばす赤子に笑いかける母親の声に我に返った。
以前もこうして国民にせがまれ抱いたことはある。危なげなく腕に収めれば、伝わる体温に背筋が震えた。機嫌良さそうに目を細めて見上げてくる姿に自然と頬が緩む。もう涙の影は全く見えず、ただ喜色に溢れた双眸に自分を映している。何の迷いも疑いもなく、求めるままに伸ばされる小さな手が、結った髪を掴んだ。
「待っとったよ……」
誰にも聞こえることのない言葉を贈る。ふくふくとした頬へ顔を寄せ、乳の匂いがするそこへ唇を押し当てれば、震える睫毛の奥、昔彼女が褒めてくれた美しいという眼からひとつ、涙がこぼれた。