世界の弾ける音がした

※葡視点


愛とは何ぞや。恋とは、何ぞや。
人間が抱くという感情の中で、そのふたつは曖昧だった。それでも愛というのは恋よりも薄らとだが分かる気がする。自分を生かし、自分と生きる人々のことを思う気持ちがきっと愛と言うのだろう。どれだけ争っていても、振り回し、自分を傷つけても、そういうものだと受け止めてしまうこれは一種の愛だ。けれど恋はどうだ。人曰く、身を焦がすほどに相手を想うこと。曰く、四六時中相手のことを考えてしまうこと。曰く、相手が自分以外の異性と接するのが嫌になること。聞くもの全てにおいて返答が違う。恋とは、いたく複雑な感情のことを指すのだなと思った。
いつか体験してみたいものだ。人とは異なる身で、そのような恋が出来るなど思ってもいなかったが。

そんな気持ちを抱いてどれほどが経っただろう。頼りない身体ではなくなり、互いに身を寄せ合っていた片割れとも歩む地を別けて。そうして、世界をふたりで分けようだなんて決めて、それから。
今、あの時誰かが言っていた燃えるような、腹の底から湧く欲しいと言う感情に満ちていた。海原を駆けまだ見ぬ土地を手にし開拓する時分にも似た、ぐらぐらと煮え滾るかの如き情だ。腕の良い船乗りが居ると聞いて訪れた家で見付けた、真っ直ぐこちらを射貫く目の覚めるような色。まだ幼い頃に遠く見ていた木々と海とが混ざるあの色だった。目に焼き付いたまま離れず記憶の内に持ち、求め続けているそれ。憧れ、焦がれていたものが手の届く位置でこちらを見ている。背筋を抜ける得も言えぬ感情に思考が焼き切れてしまいそうな感覚に陥った。数秒か、数十秒かそれとも、時間の止まっていた中で掛けられた不思議そうな声に我に返る。揺らめく双眸にくらりとした。
しかし、これは恋とは言えないのではないだろうか。これはただ、手元に欲しいだけの、それこそ誰も手にしたことのない物への欲求だ。これは、違う。好き、という気持ちが付随していない。独占欲と称してしまえば似ていると言えるが、物に対する気持ちが強い今はそうとは言えないだろう。
初めての感覚で高揚したままでは分かるものも分からない、と心の内で冷静になる自分がいた。一度距離を取ってみれば落ち着くだろうか、変わるだろうか。それは、どちらに。何故、彼女だけが自分の求めていた色を持っているのかも知りたい。逢瀬を、言葉を重ねればもしかして、望むものに辿りつける可能性がある。恋や、愛に浸ることが出来るかもしれない。
努めて後腐れなく、他意はないと見せかけ彼女に背を向ける。この淡い期待が、後に未来永劫引き返せないほど大きなものになるとは知る由もなく。次の手土産は何が良いか、なんて考えていた。




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